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里地里山保全活動
(財)イオングループ環境財団の里山保全事業
第15回「蕪栗沼ガンと田んぼの保全活動」

平成13年11月17日〜18日
宮城県田尻町蕪栗沼

ガンのねぐら入り

 高く澄み渡った初冬の青空に、太陽が沈みかける夕ぐれどきの1時間。ざわめくような鳴き声が、四方八方から聞こえ始めます。見上げれば、懐かしい言葉通りの雁行陣(がんこうじん)が、頭上を行き交っています。幾度となく上空を群れ飛び交った次の瞬間、一瞬にしてホロッ…っと雁行がほつれ、落ち葉が沼に舞い落ちるかのように着水する雁のむれ。寒さに耐え夕闇の湖面を見つめていないと見られないこのシーンを「落雁(らくがん)」と呼びます。

 宮城県北部にある約100ヘクタールの蕪栗遊水地とその周辺にある田んぼは、北方約8キロにある伊豆沼とあわせると、日本に飛来する雁のおよそ80%が越冬する希少な地域です。9月頃から翌年の5月初旬頃まで、この湿地を水鳥たちがねぐらとして活用しています。現在の雁の数は2万羽。小さな湿地に集まるガンのむれは、壮大なものがあります。ガンは、かつて日本各地に飛来していましたが、湖沼の埋立や餌場の分断、狩猟により生態数は激減しました。1980年以降、保護策によって羽数は増えましたが、生息地の環境は改善されず、現在では宮城県北部の湖沼への一極集中化が問題になっています。ガンにとって必要なのは、安全なねぐらを確保できる広くて浅い沼と餌場となる水田のセットです。カモやハクチョウと比べると越冬できる自然環境は、この点では壊滅的だと言わざるを得ません。ガンは、豊かな湿地環境とその生物多様性を象徴する鳥なのでしょう。


ヨシを刈る


たばねる


組み立てる


よしずを編む


小屋完成
ヨシ刈りと小屋つくり

 蕪栗沼の開水面は、渇水期の冬の場合、湿地全体の10分の1程度で、水のないところは、一面マコモやヨシなどの湿原になっています。このヨシを刈ることで、開水面を保全し、刈ったヨシを使って、マガンや白鳥の観察小屋を建てました。

 現場で指導してくださった蕪栗ぬまっこくらぶの戸島さんから、ヨシを刈る二つの理由を教わりました。一つは陸化を防ぐこと。ヨシの地上部は毎年枯れるため放置すると堆積し土になり、次第に柳が生え陸化してしまいます。もう一つは水質浄化機能を維持すること。沼には農業排水が流入します。ヨシは富栄養化の原因である窒素やリンを吸収しますが、刈り取りを行わないと吸収が悪くなります。かつては、屋根への利用や野焼きなど農家の手で管理されていましたが、それがなくなった現在、湿地を保全し遊水地機能を維持するためには、刈りとって運び出す必要があります。

 現場は、沼の開水面の近く。生物たちのすみかに、一般の人が誤って近づかないように、葦原の中を曲がりくねった道を作って開水面の近くにたどり着きました。葦の高さは1年で4〜5mに成長します。この長いヨシを草刈機で刈り、刈りながらヨシを集め、ヒモで束ねて、沼の外まで運び出します。ヨシは長いだけあって、うまく刈り進むのにコツが必要です。約100平方メートル程刈ったところで、軽トラック二台に載せ観察小屋予定地まで運びました。

 このヨシで、警戒心の強い水鳥たちを観察するときに使う目隠し小屋を作りました。材料は木と竹、藁縄と麻ひも、そしてヨシだけです。覗き見る前面には、ヨシ簾を手で編んでとりつけました。
目次
里地里山保全活動
里地里山保全活動
00 里地里山保全活動とは?
01 秋田県鳥海山
ブナの植林
02 愛知県美浜町
竹炭焼き
03 島根県三瓶山
山地放牧と野焼き
04 長野県飯山市小菅
山の手入れ
05 三重県鈴鹿市
石組み
06 山形県最上町
地元学 (小学生版)
07 岩手県西和賀郡
地元学 (地域版)
08 北海道白滝村
水路と有機農業
09 神奈川県横浜市
ケビンの観察会
10 埼玉県武蔵野台地
落ち葉掃き
11 埼玉県小川町
自然エネルギー
12 新潟県佐渡島新穂村
棚田の復田
13 秋田県二ツ井町
杉の活用
14 三重県藤原町
里山テーマパーク
15 宮城県田尻町蕪栗沼
冬期湛水田
16 京都府綾部市
ふるさと拠点
17 沖縄県恩納損村
かまどづくり
18 神奈川県横浜市寺家町
ふるさと村
19 千葉県印西市
都市の里山
20 まとめのシンポジウム
冬期湛水水田で農業との共生を実現

 ガンは春からの渡りのため、好んで穀物を食しエネルギーを蓄えます。以前は刈り取り後に棒がけしている稲穂をついばむことから、農業者には害鳥扱いされていたようです。しかし今では、水鳥の生態を活用して有機無農薬栽培を行うことで、お米に付加価値をつけ、生き物・自然との共生を目指す取り組みが地元農家で行なわれるようになりました。これが冬季湛水水田プロジェクト、冬の田んぼに水を張りガンや白鳥を呼び戻す取り組みです。
 冬の田んぼに水を張ると、白鳥地区で実証されているように、水鳥たちの生息環境が復元してゆきます。が、鳥の側だけでなく水稲栽培にもメリットをもたらします。一つは、鳥が落ち籾といっしょに雑草の種子を食べてくれることで除草効果が高まること、もう一つは鳥の糞によるリン酸の施肥効果が高まることです。さらに、翌春の田植えまで水を張ったままにしておき、田に耕耘機を入れずに、不耕起で栽培すると、サヤミドロやランソウ等の藻類がふえます。この藻類の遮光作用によって抑草効果が働き、窒素固定による施肥効果、光合成による溶存酸素増加などの効果もあります。既に実践型の研究者によって効果が実証され、「雁」の文字(人と鳥が同じ屋根の下にいる)をモチーフに、付加価値を高めた米として普及が始まっています。

 今回、実践者の一人である小野寺さんの田を視察にいきました。

<小野寺さんのお話>
 田尻生まれ田尻育ち。4年前から実験的に冬季湛水水田に取り組み始めました。子どものころは、田んぼは湿田だったため冬も水を張っているのが普通で、よくスケートをして遊んでいました。しかし増産のため乾田化が主流になりました。これでお金は入るが、引き換えにこの土地の財産を失ってきてしまいました。昔のようにするにはどうしたらよいかと考え、冬期湛水水田の取り組みをはじめました。
 はじめは田植えのときに機械が沈まないようにと、ガンが発ってから一旦田を乾かしていました。しかし、水をいれたままのほうが良いということがわかり、来年はそのまま田植えをする予定です。不耕起でも冬季湛水ならば普通の田植え機でできます。水を張ったままだとラン藻、サヤミドロが窒素を固定するので翌年の肥料になります。化学肥料を断ち切ると微生物などの生き物の利用法がいろいろあることに気づきます。
 仲間とは「自然環境共生会」というのを作りました。田と川がつながっていないので、田の中に池を掘って稲刈りで水を抜いた時の生き物の避難場所にしています。今年は3割減反を利用して田の一角を80センチ掘り、鯉を放しました。来年までどれくらい生き残るか試験中で、うまくいけば広げようとしています。
 田にはまだ水が入っていませんでしたが、減反ビオトープを視察しました。田の一角を掘り下げてあり、そこだけ水があって干潟のような状態になっています。ザリガニの残骸と鳥の足跡(サギ?)がありました。ドジョウなども土にもぐっていました。
 印象的だったのは、「一旦化学肥料を断ち切ると微生物などの生き物の利用法がいろいろある」という話でした。農業は、自然を壊しもするし、守りもします。どちらになるかは人間次第ですが、自然を抑えつけるのでも人間が我慢するのでもなく、自然の力をうまく利用することで、人間もより大きな恩恵を授かることができるようです。助成制度のようなものがなくても自ら取り組む人がいれば、道は開けていくように思いました。
 日本ガンを保護する会では、仙台方面に冬季湛水水田のネットワークを広げ、ガンの越冬地を増やすとともに、環境共生型の農業の普及と啓発をはかり、その生産物の流通を目指しています。この取組は、田尻町を越えて、環境創造型農業の一つとして、これからさらに広まっていく可能性を秘めています。
 
治水と自然と農業の共生を目指す

(参考資料:『蕪栗沼の環境保全と農業の共生をめざして』蕪栗ぬまっこくらぶ)
出典『蕪栗沼ガイドブック2000』 蕪栗ぬまっっこくらぶ
 蕪栗沼はもともと北上川の自然遊水池でしたが、歴史的な河川改修により面積は4分の1程度になり、周辺は干拓され水田になりました。しかし、地盤が低く増水すると逆流水を受けて4〜5メートルも水位があがるため洪水の常襲地でした。1980年頃からは、増水時には「越流堤」を越えて周辺の水田地区に貯留するしくみとし、沼とそれらの水田をあわせて「蕪栗沼遊水地」として管理されています。
 この沼の活用をめぐっては、開発か保全かで激しい論争がありました。昭和50年代初頭の全面浚渫(掘る)計画の際には地元農業者の強い実施要請がありましたが、当時の町長が同意せず浚渫を逃れました。その後、鳥獣保護の働きかけがありましたが、地元農業者からは鳥は稲を食害する害鳥と捉えられていたため、「人か鳥か」の世論に押され保護区指定には至りませんでした。
 5年前(1996年)、再度、県が沼を全面浚渫するとの計画が表面化しました。これに対し自然保護団体と地元農業者の一部が反対し、専門家や議員も交えて蕪栗沼探険隊の集いを実施、豊かな生物相と湿地環境を確認しました。その後議会でも訴え、ついに浚渫撤回を勝ち取りました。以後、治水と自然、そして農業の共生を目指して、行政、自然保護団体、地元住民が関わって組織が生まれ、さまざまな取り組みが始まりました。
 特に、水田だった白鳥地区に水を張って湿地に復元したことにより、水鳥をはじめたくさんの生き物が戻ってきました。

蕪栗沼遊水地懇談会
宮城県河川課は自然保護団体(日本ガンを保護する会)の要請を受け、遊水地の管理に関する話し合いの場を設置しました。ここでは学識者、地元住民、農業者、自然保護団体、行政が円卓で話し合い、本音の議論を通して遊水地の管理方法を決定しています。
蕪栗ぬまっこくらぶ
上記の蕪栗沼探険隊はその後も続けられ、その実行委員会が発展して保全団体「蕪栗ぬまっこくらぶ」が誕生、現在、NPO法人となっています。ぬまっこクラブでは、湿地保全のための作業をはじめ、生物調査や観察会、環境教育を実施、また各種シンポジウムの実施・参加など普及啓発とピーアールに努めています。
 今回の里地里山保全活動は日本ガンを保護する会と蕪栗ぬまっこくらぶとの協力により開催しました。
 
「パートナーシップ」のありかた

 蕪栗ぬまっこくらぶのもとになった蕪栗沼探険隊を最初に呼びかけたのが、日本ガンを保護する会会長の呉地正行さんと、当時白鳥地区土地改良区理事長だった千葉俊朗さん(現ぬまっこくらぶ理事長)です。呉地さんはガンの専門家ですが、鳥を守るには鳥だけを見ていてはだめで、鳥を守る環境を守らないといけない、ということで、水田の保全にウエイトを置くようになってきたとのことでした。ガンのこと、沼のこと、冬季湛水水田のこと、組織の成り立ちなど実にいろいろなことを教わりました。千葉さんは、呉地さんとの出会いを機に考えが変わり、自然との共生の道を歩んできたそうです。自然を壊してきたわれわれが自然を復元しその大切さを蕪栗沼から発信したいと語っています。
「蕪栗沼遊水地懇談会」では、自然保護団体、地元農家、行政、研究者の委員が円卓を囲んで本音で話し合い、2000年に管理計画を策定しました。その中には自然保護団体や地元住民の意見も反映されているそうです。ヨシ刈りをする場所や白鳥地区を環境教育に利用するなどの管理・運営方法も話し合いで決めています。複数の立場の人や機関がパートナーシップをとろう、ということはよく聞かれます。しかし、そのパートナーシップはしばしば「役割分担」だけになってはいないでしょうか。行政はカネを出す、研究者は調査をする、業者は施工をするなどです。蕪栗沼遊水地懇談会のように、一つの事業を行うための意志決定機関において、様々な立場の人が対等に意見を出し合って計画を策定している例は少ないと思います。ただし最初からうまく行っていたわけではなく、この段階に至るまでに、いろいろな工夫と苦労を積んで、この情勢を自分たちで作り上げてきたということでした。
 実際の活動内容はもちろん、組織のつくりかたや運営、そして運動の広げ方など、学ぶところがまだまだたくさんありそうです。
 
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里地里山保全活動
0. 里地里山保全活動とは?
1. 秋田県鳥海山/ブナの植林
2. 愛知県美浜町/竹炭焼き
3. 島根県三瓶山/山地放牧と野焼き
4. 長野県飯山市小菅/山の手入れ
5. 三重県鈴鹿市/石組み
6. 山形県最上町/地元学 (小学生版)
7. 岩手県西和賀郡/地元学 (地域版)  
8. 北海道白滝村/水路と有機農業
9. 神奈川県横浜市/ケビンの観察会
10. 埼玉県武蔵野台地/落ち葉掃き
11. 埼玉県小川町/自然エネルギー
12. 新潟県佐渡島新穂村/棚田の復田
13. 秋田県二ツ井町/杉の活用
14. 三重県藤原町/里山テーマパーク
15. 宮城県田尻町蕪栗沼/冬期湛水田
16. 京都府綾部市/ふるさと拠点 
17. 沖縄県恩納損村/かまどづくり
18. 神奈川県横浜市寺家町/ふるさと村
19. 千葉県印西市/都市の里山
20. まとめのシンポジウム
人と自然が織りなす里地環境づくり
トキの野生復帰プロジェクト

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