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(財)イオングループ環境財団の里山保全事業
第13回「森の学校」
森の生態を見つめ生活文化を体験し木と森と人との関係を学ぼう
2001年8月25日(土)、26日(日)
秋田県二ツ井町
秋田県二ツ井町は、秋田杉で知られる林業の町でした。町には、日本一背の高い天然秋田杉の森、かつての営林署城下町を象徴する近代化遺産「天神荘」、白神山地につながるブナの森、180度蛇行する米代川、県立自然公園きみまち阪などがあり、とても美しく見所多い町です。
ここで、森にふれ、その楽しみ方を体験しようと県内の子どもエコクラブと父兄など総勢90名近くで「森の学校」を開催しました。現地では、町の産業振興課が中心となり、森林組合や、地元の木工作家の方々が手伝ってくれました。
今回の活動の意図は、製材から加工、建築にいたるまで、外材中心の現在の状況の中で、少しでも、日本の杉林や森に関心を寄せてもらいたいと思い、エコクラブの子どもたちやその都市で働きざかりのお父さんお母さんに、国産材と森、特に杉の素晴らしさを体験してもらいました。
「木のまち」二ツ井
日本の林業は今厳しい状況にありますが、町の面積の8割という森林資源を持つ二ツ井町では、さまざまなイベントを行いながら、町の活性化を図ろうとしています。かつて、米代川流域は「天然秋田杉」の宝庫と言われ、樹齢120年以上のものが切り出されていました。現在は、このような天然杉は数カ所に残っているだけで、60年から80年程度の造林杉が中心に切りだされています。
「天然秋田杉」とは、江戸時代に植林された大径木の杉のことをいいます。当時の佐竹藩では、住民による自由な伐採を制限する「留山制度」を設けて、持続的に材を出せるように計画的な林政を行っていました。しかし、その後、明治時代に国有林に移管されてからは、日中・太平洋戦争戦時下において、特に、軍需用に伐採されました。戦後には、住宅建築ラッシュに伴って次々に天然杉が伐採されました。当時の二ツ井町の人々は、皆、天然杉になんらか関わる仕事をしていました。「天然杉バブル」ともいえる活況を呈していたともいわれています。しかしその乱伐の結果、昭和45年頃には天然杉は殆ど枯渇し、現在主流となっているのは、戦後の拡大造林期に植林された造林杉(秋田杉)です。
現在伐採されている秋田杉ですが、昭和36年からの安い外材輸入と、オイルショック以降の建築ラッシュの頭打ち、建築需要の低迷などから、木材の価格は暴落し事業採算がとれないことから、除間伐等の手入れが行き届かなくなりました。このような状況の中でも、二ツ井町の人たちは、今ある森林資源を活かしたまちづくりを模索しています。
林業〜建築:きみまちハウス
「きみまちハウス」とは、秋田杉の並材(節のある材)を使った、伝統的な軸組み工法による木の家です。持続的な林業を成立たせるためには、除間伐を適正に行ってその材を有効に使うこと、本来の木の性質を活かした、長持ちする工法を利用することなどが必要です。そのため、節がある材や除間伐で出る材も有効に使いながら、金具をなるべく使わず、また木が呼吸できるように無垢の材を表に出した家を建てています。それは、長持ちし、解体・修復可能で土にかえる家でもあります。すでに町営住宅や山小屋をこのきみまちハウスで建設しました。また建材だけでなく、二ツ井の山から取れる鉱物ゼオライトを除湿材として利用し、設計・施工は地元の業者を利用しています。林業から建築に関わる産業全てにおいて、地元の資源を利用しているのです。
このような二ツ井町で、木工作や遊びの場として、森そのものを楽しめる要素もいれて、今回のプログラムを開催しました。
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