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寄稿レポート:糸長浩司の欧州エコロジカルレポート(2)
英国のエコロジカルな人々との出会い


 英国での調査活動?も5月をもって前半は終了です。6〜7月は、デンマーク、フィンランド、スウェーデンのエコビレッジの調査の旅に出ます。8月に帰国(英国へ)の予定です。
 今回の報告は、英国での調査で出会った(調査現地だけでなく、最新の出版物の著者を含めて)人々に焦点を当てて報告します。興味のあるところだけでも読んでみてください。
 しかし、こちらはまだ肌寒い季節です。5月は、ワークショップへの参加の月でした。初旬は、スコットランドのエコビレッジのフィンダフォーンでの一週間のエコビレッジ暮らし、中旬は、CATでの代替エネルギー講座参加とストロベールでの小劇場づくりのワークショップの一週間(テレビ放映のおまけ付き)、最後は、アイルランドの不毛の地のアラン島への旅と、心と体とコミュニケーションのエコロジー体験でした。尚、フィンダフォーンとCATの報告は別に詳細にする予定で。

糸長浩司 日本大学生物資源科学部助教授
パーマカルチャー・センター・ジャパン代表
 
       
女性のパーマカルチャーリスト:ロベルト

 最初の調査地の女性で,バーミンガムから電車で20分程度行った農村部で小規模農地を購入し、アグロフォーレスト的なパーマカルチャーを試みている女性。彼女の家は、町中にある。自宅から車で20分程度いった、斜面地がフィードである。5エーカーの元の牧場地を5年ほど前に購入。値段は、7万£(1400万円程度)である。グループで購入している。管理は、ロベルトが一人でやっている。週末には仲間が来て手伝っている。
 南斜面で、西側に小川が流れていて、入り口の近くに池が設置されている。入り口の東には、蜂の箱が3ケース。蜂蜜は、一瓶2£で販売している。羊を20頭近く飼育。羊小屋の南には、菜園。キャンピングカーあり。フラードームをグループの人達と作った。斜面の中で比較的平らな箇所が利用されている。将来はそこに、小屋を建設する予定。敷地全体は、トップは乾燥の箇所で下に行くに従って、湿気が増している。ダイレクトのコンポストトイレが作られていた。穴もなく、直接汚物が見える状況。野外トイレそのものである。利用頻度が低いのだから、これでよいのかも。池の周囲は、果樹を植えて、アグロフォーレストの箇所にする計画らしい。マルチチングシステム、スウェールシステムを作っていた。羊の餌は、小屋の中で干し草をくれていた。全体的には、パーマカルチャーの初歩的なデザインを実践している。雨水タンクも斜面を利用して10個程度のタンクに貯水していた。彼女は、パーマカルチャーのコースを開いたり、蜂蜜を販売している程度である。自宅の前庭は、パーマカルチャー的なデザインとはいかないが、多様な野菜と、鶏を小屋で飼っていた。卵をとるのが目的。どうも、英国のパーマカルチャーコンペで賞をもらったらしい。
 ロベルトの英国でのパーマカルチャー的農場経営に対する意見は、英国では、近代的で大規模農家が多いので、パーマカルチャー的な試みの拡大は難しい。また、コミュニティ・エディブル・ガーデンの試みも少ないという。コミュニティの意識が英国では欠けている。彼女の近隣とのつきあいも、さほど緊密であるわけではない。パーマカルチャー的農業の可能性としては、ウェールズが適地ではないかという。農地が安いので、先駆的な試みが可能となっているといことらしい。都市近郊での試みは、土地が高いので難しいという。彼女のグリーンツーリズムに関しての評価は低い。農場が本来の環境的で伝統的な農業をしないで、近代的な大規模農業をしている反面で、宿泊等の経済ベースをすることは、人々の移動を盛んにすることにつながり、エネルギーの大量消費にもつながり、パーマカルチャー的ではないということか。
 彼女の指摘する視点は、今回の田園調査でも大きな課題となってくる。英国の農村の環境保全的にも、コミュニティ的にも、経済的にも、いかに、エコロジカルな生活の場所として再生するかは大きな課題であり、今回の英国調査での大きなテーマとなってくる。
 パーマカルチャーの動きの他に、「THE LAND IS OURS」という田園居住の自由性(自活自給的な暮らしをする目的での)を政府に求めているグループの活動もある。英国での土地利用秩序の硬直化と、大規模農場経営政策の環境的にも、農村社会コミュニティ・経済的にも大きな矛盾を含んでいることを意味している。
 
       
ハイ農場(ステゥワートの農場)

 彼女のパーマカルチャー仲間で、50エーカーを所有する伝統的な農家。30代で未婚の彼は、果樹をパーマカルチャー方式で牧場の入り口のステップのところを、アグロフォーレストに改造している途中である。ブルーべーりー、ジャパニーズラズベリー、コンフリー等が植わっていた。それ以外はパーマカルチャー的な景観ではない。伝統的な羊の放牧をしていた。斜面の底部に釣り堀を設置して、鯉等のフィッシングのサービスを副業でしている。ダイバシフィケーションの一種であり、その一環として、パーマカルチャーに取り組もうとしているらしい。卵等の直売もしている。決まった、提携の消費者はいないらしい。彼の農場の隣のトップの森林部に、ブッタリズムが森林の中で瞑そうのためのパティを作っていた。彼は結婚はしてなくて、どうも日本と同様で農家の若者は結婚が難しいらしい。

 
       
バーミンガム・エコパークのアンディー

 先の報告で触れたバーミンガム・エコ・パークのデザインナーで実行責任者のパーマカルチャーリストである。元気のある青年で、風体はアウトサイダーのボランティア連中を巧みにコントロールして、公園づくりを指導していた。専門は園芸である。パーマカルチャーの勉強は10年近くしているらしい。

 
       
ブリストルのウィンドミル・シティ・ファームのジォシー女史(園芸担当)

 このシティ・ファームの女性園芸担当者である。予約なしの突然の訪問であったが、暖かく応対してくれた。ロンドンに最初に出来たシティファームに続いて二番目に古いという。ロンドン以外では最初の試みである。70年代。チキントラクターもあった。コンポスト、ハーブ園、古タイヤの利用等、なかなかよくやっている。ただ、家畜の餌は十分に確保できるだけのエリアはない。2ha程度の広さである。8才以下の子供達を主に対象にして活動しているようだ。店では、この農場でとれる野菜や近くの農家からの野菜や、加工品も売られている。この店は、会社組織で運営している。チャリティ団体と会社組織との両方をもっているチャリテイ団体である。学校が休みになっているので、お客はたくさんいた。また、親子連れも多くいた。ASHという場所に、姉妹的な存在の農場を確保したようだ。そこの製品も売っている。都市の中の農場と郊外地の規模の大きい農場の二カ所で活動をしている。都市の中の農場の土地は、市から安い賃貸料で借りているが、郊外の農場は、資金を集めて土地を取得したようである。
 この他のブリストル市内のコミュニティ・ガーデンとシティファームを見たが、比較的低所得者の居住地地域に多いようで、地域のコミュニティ・センターの活動と一緒に行っているガーデンもある。英国のシティ・ファームとコミュニティ・ガーデンの全体像がほぼ掴めたのではないか。米国の方が進んでいる感じではあるが。英国は、やっと軌道に乗りだしてきたことか。また、チャリティ団体が、経済的な行為、ビジネス行為を進めることの必要性も感じた。ウインドミルファームの評価の中で、コミュニティ・ビジネスとして、雇用力があることが評価されている点である。また、パーマカルチャー的な農法は用いてはいないが、オーガニックで混裁的な試み等はされている。パーマカルチャーにこだわっているわけではないが、パーマカルチャーという言葉は、浸透してきているようである。

 
       
『LOW IMPACT DEVELOPMENT』の著者シモン

 この人物には、まだ会っていないが、数多く購入したエコロジー系の最新本では、もっとも面白い本であった。シモンは、環境問題のライターで、革新的な新聞の「ガーデイアン」に執筆している。英国でのエコハビテーションに関する歴史と現状と将来展望が書かれている。また、パーマカルチャーに関しても重要な要素として述べられている。英国の田園での新しい住まい方を希望する人達に対して、行政の計画コントロールがきつく、なかなか新しい試みが出来ないことを嘆いている。仏ではもっと簡単であり、行政の理解があると判断している。英国の田園環境は、一つは大規模な近代農法による環境破壊、単純な農村環境、景観の形成を指摘し、併せて、そこに居住する人達も農村で経済的な自立をしているのではなく、都市への通勤者で成り立っていることを嘆く。もっと農村での自立した環境に負荷の少ない住まい方を計画し、実行していくことの必要性を述べる。いくつかの事例紹介がされている。
 先に、述べた「THE LAND IS OURS」のグループのリーダー的存在であり、自信も英国の田園地域に小規模なエコ暮らしを実践している。このグループは、エコ的な暮らしづくりの基準をつくり、それをもって田園地域での新しい居住の試みを認めるべきであると主張している。別の機会に紹介したい。

 
       
コンフォールのパーマカルチャーファームのケベラルファーム(ワーキング・コーポ)のオーク

 パーマカルチャー・ファームであり、その責任者で案内してくれたOAKは、なかなか静かで、森林の感じのするいい男であった。親切に敷地内をゆっくりとしたテンポで案内してくれた。年齢は38才という。敷地の大きさは12●●で、現在は大人が15人、子供3人でカップルは5カップルという。ここは、元100●●の私有地を分割して、12●●を購入したらしい。購入するのに難しかったということはなしい。敷地は、東南斜面であり、平らな箇所は住宅のある箇所とその周囲の野菜園だけである。薪と用材用の森林の育成、果樹園、菜園、羊の放牧地という土地利用構成。敷地の境界の谷底に近い箇所の森林は、地元の自治体の所有地で、その反対側には、皇太子の所有の森林もあるらしい。ルーの海がよく見える絶景の場所に敷地の端の森林部はある。日陰をつくり、植裁した若木の生長をじゃまする木は伐採されていた。用材として利用する目的で、15年〜20年の期間で伐採していく予定のようである。運搬は馬を使用している。
 コミュニティとしての活動が1973年からである。自立的な有機農業、森林形成を目指して活動してきて、10年ほど前にパーマカルチャーに出会ったらしい。一日コースに彼は参加して、その後は、72時間コースを受講している。現在は年に一回のパーマカルチャーコースを農場を利用して実施している。今年で5回目である。彼の大学での選考は環境学らしい。
 消費者との提携システムも形成していて、BOX スキームと言っていた。現在200人程度の会員がいるらしい。野菜や山羊のミルク等の販売のようだ。一週間に一回程度の配達で、一家族5〜9£の購入らしい。このコミュニティ農場は、コーポラティブ・ワーカー方式であり、年間の売り上げ等は1000万円程度・50000£。厳しいことには変わらない。面白いことにMAFF(英国政府の農業援助資金)の資金援助を3年間もらっている。小規模農家への政府の援助が乏しい中で珍しいケースである。
 デボンとコンフォールでのパーマカルチャーの動向は活発ではないと彼はいう。年に一回程度地域のパーマカルチャーの集まりがあるが、50人程度が参加しているようだ。ここでの大変なことは、人間関係と建設作業らしい。みんな外で働くことが好きらしい。確かに、建物そのももは、古い建物のままであり、周囲にキャラバンハウスの新しいものもあった程度。農業と森林の育成がメインのようである。

 
       
デボンのエコロジカル・アグリカルチャーリストのケリー女史

 このファームの中心人物の女性、ケリー・ウイルトンに会う。畜産学が専門で、家畜との共生の視点からエコロジカル・アグリカルチャーという概念で、英国で先進的な農場技術を独自に開発してきた女性で先にスコットランドで実践農場を実施しており、二度目の場所が南のデボンのここである。パーマカルチャーの調査で来たといったら、パーマカルチャーは基礎に植物学、植物生産があるが、エコロジカル・アグリカルチャーの視点は、動物がベースにあると強調していた。アフリカへの援助と教育に行って帰ってきたばかりらしい。ビルを女性にしたような感じの婦人である。
 パーマカルチャーの出版と同じような時期に、エコ・アグリの実験は始めているという。パーマカルチャーの広がりが急激なことに多少不満ぽい感じではあった。また、UKでの環境型の農業の中でパーマカルチャーはその一部であると強調していた。どちらにしろ、有機的な農業展開の多様性はあることは確かである。日本でも同様ではあるが。農業システムだけに特化して論じればこういうことになる。問題は全体をどう統合化するかではあるが、彼女の場合には、農業システムに特化しているようである。日本にも滞在していたことがあるらしく、京都大学のアフリカ研との研究交流はあるらしい。彼女は、『エコロジカル・アグリカルチャー』という本を書いており、日本の事例で綾町が紹介されていた。 農場の案内は、若いアレックスという研修生でこの農場に来てそのままここの農場の管理を任されている、特に野菜生産に関して、らしい。建物は、2年ほど前に古材を活用して建てた、茅葺きの屋根と藁・石・石灰を混ぜた厚壁から構成されるかわいらしい建物。メンバーは、中心となっているのはケリーであり、他は研修生等で構成されているが、スタッフとしてアレックスがいるらしい。彼女は、キャラバン・ハウスに住んでいる。決して居住環境がよいという状況ではないが、アフリカ等に行くことが多いようで、若者に快適な住まい方を提供しているようである。建物の周囲は芝、すぐ南西にナーセリー、納屋兼馬や兼書斎・図書質・創作室・チーズ小屋等がミックスした建物。南には、池と鶏のフィールド、その先に池で湿地と森林が続く。その周囲には馬と羊の放牧地であり、入り口の近くは、野菜畑となっている。野菜畑はさほどパーマカルチャー的ではなく、ローテーション農法である。灌木をうまく利用してヘッジの作っている。その周囲に桃やリンゴの果樹が植わっている。森林は、薪材や建築材の収穫の場として活用している。森林の一部は切り開いて、ローインパンクトの簡易テントが作られていた。農場の広さは、約30●●。国立公園内での農場経営場の制限はさほど問題としていなかったが、建物が自由に建てられないことを問題としていた。キャラバン生活となるのか。
 印象としては、パーマカルチャー農場というより、オーガニック農場であり、看板もそうであった。水のシステムは、水圧だけを利用したポンプで灌水システムをとっている。 アレックスが独自に、boxスキームを始めたようだ。

 
       
コミュニティ・コンポスト運動家のニッキー

 デボンの小さい町のチャグフォードは、LETS(ローカル・エンプロイメント・トレーディング・システムの略で、お金を使わないでの地域内での物とサービスの交換システム)が盛んで、中心となる食糧販売と喫茶店を兼ねた店が町の中心部にある。また、コミュニティ・ビジネスも盛んである。その一つとして、コミュニティ・コンポストの事業(PJ)が始まっていて、デボン地域での中心的人物であるニッキーの自宅を訪問した。
 ニッキーの家の前はアロットメントである。アロットメントの利用者であり、その角にコンポストコーナーがあり、小枝等をチッフ粉砕器で作っていた。作製した肥料は販売している。デボン地域全体で今、20程度のコンポストのコミュニティ・ビジネスがあるようだ。その連絡協議会の代表を彼はしている。家で、各地での試みのスライドを見せてくれた。なかなか、親切な人物である。パーマカルチャーコースも開いている。パーマカルチャーに関する理解は深いようだ。デボンではパーマカルチャーは進んでいるという評価のようだ。彼は、PJの専任で、フルタイムの雇用者は3〜4人程度であり、後はパートタイムや、ボランティアということらしい。この事業の最初は例のお店から始めたようである。その他に、協同菜園をLETSのメンバーから借りていて、そこで生産した農産物は、お店で売っている。その肥料はコンポストで作ったものであり、完全にコミュニティレベルで循環していることになる。現在のLETSのメンバーは、190人程度。コンポストの収集している家族は50世帯程度。手押し車で個別に集めている感じである。
 ここのユニークな点は、既存の町でボトムアップ的に循環型の生活展開とコミュニティレベルでの環境事業を起こしてきたことである。オーストラリアのマレーニーの試みとよく似ている。古い歴史のある町で起きている試みが対照的である。どうも、デボン州の支援もあり、熱心な行政マンがいて、この事業を支援してくれたようだ。

 
       
パーマカルチャー・パブリケーションのマッディ女史

 ハンプシャーのイースト・モーストにあるパーマカルチャー・パブリケーションに行く。サステーナビリティ・センターの敷地内の建物に間借りしている。このセンターは、パーマカルチャーの関係しているトラスト団体の「EARTHWORKERS TRUST」が環境教育の場として整備しようとしている。元は陸軍の保養所の跡地を買収したもので、町のはずれの丘のトップにある。敷地は20●●程度であり、研修施設と宿泊施設、菜園、森林等が整備されつつある。パーマカルチャーの南ハンプシャーの拠点となりつつある。今年の夏にはオープンする予定らしい。エネルギーは既存のものを活用するようだ。汚水の浄化システムは、大規模なものを敷地内に、近代的なシステムで整備してあった。雨水等は敷地内でのビオトープ施設を整備。全体のプランはあったが、それほどパーマカルチャー的な総合的なシステムというわけではない。全体に、英国でのパーマカルチャーの動きは、豪州とは異なり、有機農場経営、ガーデニングの流れ等の方向が強いかもしれない。
 P.Pの方は、丁度パーマカルチャー・マガジンの最新号20号の発送準備で忙しくしている現場であった。編集者のMADDY HARLAND の他、3人が忙しく働いていた。SCの方はスタッフが交代したばかりでまだ十分な対応が出来ないこと等を説明していた。ただ、雰囲気としてはなかなかよい人達であった。同士が訪れてきたという感じかも。豪州のパーマカルチャーが比較的ヒッピー系であるとすれば、英国は一般市民、中〜下流層の生活人との出会いが多いような気がする。文化的には成熟した社会の中でのパーマカルチャーの動きかもしれない。

 
       
小さいなパーマカルチャー農場のジュリエ女史

 有機農家がパーマカルチャー的な農園を試みている。パーマカルチャーの本にあるような施設整備をモデル的にしている。コンパクトにしていて、日本の有機農家を思わせる。庭先販売も道路に看板を出して、敷地の中で販売している。英国の有機農家認定の組織でもあるソイルアソシエーションの認定農家になっている(この認定は費用がかかり、この仕組みを嫌っているパーマカルチャー・農家もいた)。グリーンハウス、グランドカバーした鶏小屋とその横がグリーンハウスであったり、古タイヤを使った菜園づくり、藁を敷いた菜園。WWOOFもやっていて、日本人が3ヶ月ほどいたという。土地は、親父の農地を利用してそこでやっている。敷地内には簡単なキャンピングサイトと簡単な宿泊施設もあり、夏期は、オランダ人がキャンプをしにくるという。販売しているものは、卵、グリーンサラダ野菜等であり、計り売りをしている。浄化用の池もあったが、管理をそれほどしているという感じではなかった。全体には、色々なパーマカルチャー的な試みをしているが、時期がまだ冬から春ということもあるので、植物の状況はそれほどよくない。一見した感じでは、パーマカルチャー的ではあるが、廃材等が散乱していて美しくはない。

 
       
グラスタシャーの商業的なパーマカルチャー農場のラグマン・レーン・ファームのマッド

 パーマカルチャーのコンセプトで整備している農場であり、かつ、商業ベースでの経営をしている。経営者のマッドは、パーマカルチャーを1986年にオーストラリアで知り、その後、1900年にこの農地60エーカーを購入し、その頃に、ビルモリソンを招いてパーマカルチャーコースを開催し、整備し始めている。現在も年に数回のパーマカルチャーコースを開催し、敷地内には講義室と宿泊施設を整備している。
 実直でまじめな感じの英国人であり、奥さんもしっかりとしている上品な感じの婦人である。そのほかに、有機野菜を専門で生産しているマッディーという婦人が隣に住んでいる。後、スタッフの青年が一人いる。マッドの哲学は、パーマカルチャーの手法での商業的な農業がこの地でも成立することを目指しているようだ。彼が中心となって、この地区での農家33軒のマーケティングのためのネットワークを形成し始めている。マッディのボックス・スキームは、夏の期間だけだが、80人近くが入っているようだ。彼は、日本の自然農法のグループと交流があるようで、昨年は新潟に行っている。日本にも詳しい。椎茸生産を頑張っている。また、コンフリーの含む有効成分を抽出する方法を開発していて、その液は相当高く売れるらしい。また、炭の生産もユニークなドラム缶での生産方式を開発している。全体に農場は、パーマカルチャーの本にあるようなキーホールのような小回りの利いたパーマカルチャーの仕掛けはないが、土地利用全体での循環システムや、汚水の土壌浸透等での仕掛けは作られている。本人の興味は、パーマカルチャー的農業での商業的農家の自立の道を探りたいらしい。そのためにも、ボックス・スキームや提携に関しては興味が高い。日本の生協のことも知っていたし、パーマカルチャーの他の農場でのボッキス・スキームに関しては興味津々であった。今までにないパターンのパーマカルチャー農家である。

 
       
ヨークシャーのブラッドフォードのパーマカルチャー行政マンのジェミー

 ブラッドフォードのスプリングフィールド・コミュニティ・ガーデンは、パーマカルチャーでの最初の公共的な支援のあるプロジェクトで、デザインはパーマカルチャーアソシエーションの現在の代表者のアンディである。また、スコットランドで購入した最新本『the living land』にも最新の都市での事例として紹介されていた。ブラッドフォードでのパーマカルチャーの活動が、地方政府、市民、パーマカルチャーリストの三角関係がうまく成立し始めている。その中心的な人物が、ブラッドフォード市のローカルアジェンダ21対策室の行政職員のジェミーである。彼は、前のパーマカルチャー・アソシエーションの代表であった。彼の努力で、パーマカルチャーのコースを市内の大学と協力して、行政の資金的援助も受けて開催している。英国でのパーマカルチャーと行政のつながりがもっとも強い市かもしれない。
 スプリングフィールドの現場は、住宅地のはずれの農場を改造したものである。スタッフとボランティアがグリーンハウスの中で働いていた。計画図面とは異なる配置が多少あった。時期的にはまだ野菜の収穫時期ではないので、さほど農園事態が賑やかではない。下部の建物は、少し変わった6角形の建物が二棟連結した形で、スコットランドの既製品を取り寄せて組立たようだ。風車も廻っていた。この建物周辺は、ナーサリーと温室が設置され、関係者が仕事をしていた。身体障害者用のモデル農園の小型版の整備されていた。入り口横には、コンポストの生産コーナーもある。生産された野菜は地域で販売され、また、パーマカルチャーの講習会も開催されているし、BTCV(英国の代表的な環境保全ボランティア団体)の活動の場所としても利用されている。

 
       
エコ・ビレッジづくりの運動家のロジャー・ケリー

 彼は、CATの前のディレクターであり、現在は仏での1000人規模のエコビレッジづくりのために、CATを離れているが、近くの町に住んでいるので、CATで持ち合わせて会うことができた。
 CATも最初は、エコビレッジ的な試みで出発し、現在は環境教育の実験的な場として成功している。彼は、もっと規模の大きい1000人規模の社会的にも、経済的にも意味の高い新しいむらづくりを志向している。英国では田園地域での開発許可の問題や、土地が高いこと、それに比較して仏は土地も安く、新しい試みに対しての行政理解もあるという。このような話は、今回のCATでのワークショップの参加者のパーマカルチャーリストのマービンが、同じようなエコビレッジづくりを仏で計画しているという話を聞いている。ただ、仏のエコ・ビレは紆余曲折しているようである。1000人の規模という、今あるエコビレが小規模なのに対して、もう少し、社会的にも、経済的にも規模の大きく、社会的にインパクトのある、新しい村をつくることに「クリエート・ニュー・ビレッジ」の実験である。

 
       
CATでのストローベール・カーペンターのバーバラ女史

 CATでのストローベールでの小劇場の建設の指導者であるバーバラは、ヨークシャーで「アマゾン・ネイル」というストロベール・アーキテクチャーの普及のための会社を経営している。米国で研修し、英国でここ5年間くらいストロベールでの建設活動を指導しているし、ワークショップ等を開催している。元々は、屋根職人である。最近の建物でユニークなものは、後で紹介するアイルランドに建てた建物が円形で、屋根は伝統的な茅葺きの住宅がとてもユニーク暖かい建物がある。今回のCATの建物は、ティンバー・フレームでの構造となっているが、ストロベールを構造壁として活用するのが一般的でないか。米国のカルフォルニアやカナダで多いようだが、地震やハリケーンに対しても倒れずに建っているという、柔構造であるらしい。また、漆喰を塗って、厚みが70cm程度の壁は断熱効果と調湿性能も高いようである。日本の湿気の問題を話題にしたが、一度は試してみたいと彼女も言っている。一度日本で試してみましょう。この建設過程については、また別に詳細に報告する予定です。こうご期待。

 
       
アイルランドのパーマカルチャーリストのマーカス

 北アイルランドとアイルランド国のボーダーにあるクロネスという町の田園地域でのパーマカルチャー的ビジネスを、小規模なエコビレッジを形成しながら試みようとしている人物がマーカスである。地元の農家の息子であり、その父親の農地を一部相続して、改造を始めている。先の、バーバラ女史が建てたストロベールの丸い住宅のオーナーでもある。町の中心から、2km程度の農村部である。牧場の風景の中に、茅葺きで漆喰壁の丸い建物が目立つ。入り口付近には、屋根を緑化した木造の建物とドーム型のグリーンハウスがある。木造の住宅はエコビレッジのためのコモンハウスの機能を果たすはずであるが、現在は事務所的に利用し、スタッフが何人か隣のグリーンハウスで働いていた。エコビレッジのプロジェクトは、今年の春に一緒に計画を進めてきたスタッフが離反したようで、現在は計画段階で止まっているという。
 ストロベールの住宅の外壁は、土壁の感じである。クラックはあまりなかったが、一部北側の壁に垂直にクラックが入り、一部土台付近の漆喰が落ちて、藁が剥き出しになっていたが、藁は比較的乾燥していた。彼曰く、壁の湿度調整機能は高いという。風呂での湯気もあっという間に吸い取ってしまうという。吸湿性能が優れているのであろう。屋根材は、いわゆる湿地帯のリードであり、日本のカヤに相当するものである。あつみは、60cm程度であり、アイルランドの伝統的な工法で仕上げているらしい。室内は、床と屋根を支える構造材となる暖炉を中心として円形であり、室内のドアはない開放的な平面となっている。入り口は、玄関と台所の勝手口である。勝手口の横は、流しがあり、プロパンを利用している。煙突は別にない。暖炉は暖かいようで、暖炉そばは選択の干し物と団らんの場所になっている。ソファーもストローと漆喰で仕上げている。2階と天井裏の床は、暖炉の煙突にかかる根だ支えられていて、多少音の問題はありそうである。
 周囲のみどりの景観に生える曲面の壁と丸みのある茅葺きの屋根が、太陽と雲のいたずらで時に金色の輝きを帯びる美しさに、絵の具の筆が走る。

 
       
 以上、英国でのパーマカルチャーや、エコロジカルな試みの一端に触れた感じですが、英国も英国で多くの課題に直面し、その中で、先進的な人達が、地道に、かつ、強い意志で活動を続けていることに感銘もしていまし、また、その暮らしを楽しんでいることも感じます。
 以上、長々と読んでくれてありがとうございます。

 
       
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