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寄稿レポート:中島恵理の欧州里地レポート(3)
持続可能な里地づくりのパートナーシップづくり〜イギリスの事例を参考に

目 次
1. はじめに
2. 行政の政策手法ーー徹底したパートナーシップ手法の導入
3. 地域再生の触媒役ーグランドワークの役割ー
4. イギリスの経験から学べること
 
     
1. はじめに

  イギリスに来てから、早1年間が過ぎた。大学のマスターコースに追われ、意外と多忙な日々がつづいていたが、その間,暇をみつけては、持続可能な地域づくりの事例を探してきた。国土の80%を農地が占め、その農地を数パーセント未満の人口で管理しているという、徹底した大規模農業が進行しているイギリスにおいて、イギリスの農村のコミュニティは、崩壊しているに等しく日本で言う農村とはかなり様子が異なることに気がついた。そのような農村においても、現在は,環境保全型の農業をすすめ、農村社会を復活させようとさまざまな政策が講じられているが、地域活性化の動きは日本の方がさかんで、先進的な取り組みも多いいように思われる。(今後の調査が必要であるが。)一方、都市においては、産業革命で栄えた工業都市の多くが、非常に衰退しており、失業、犯罪、差別、環境劣化の問題に直面しており、1960年代から"Regeneration"をキーワードに地域再生の政策が積極的に行われてきた。この地域再生は、基本的に都市域での取り組みであるが、現在は、田園地域にも同様の手法での取り組みが進められている。このイギリスの都市域における地域再生の手法が、日本の持続可能な里地での地域作りへのヒントになるのではないかというのが、本文の趣旨である。
 
     
2. 行政の政策手法ーー徹底したパートナーシップ手法の導入

 イギリスの地域再生政策は、1960年代から始まるが、最初は自治体と政府が主体となって、都市再生事業がすすめられ、79年のサッチャー政権以降は都市開発公社等のエージェンシーによる国主導の取組が中心となった。 この時代の国の資金の流れは、地域のニーズに応じて国から自治体の予算がつけられ、自治体は議会の判断で自由に用いることができた。このような状況下、1992年に「シティチャレンジ(City Challenge)」という予算が設置されてから大きな変化が生じた。これは,国直轄のエージェンシー方式が批判を受けてきたのに対し、地元自治体やNGOが参加した再生プログラムの企画の優劣を競って予算が配分されるものである。この予算の導入をきっかけに、90年代になって、パートナーシップによる地域再生に重点がおかれるようになっていた。
 さらに、1994年に政府の地域組織(Government Offices for the Regions)の設置と同時に、国の各省庁の20予算を一つの予算に統合した単一再生予算(Single Regeneration Budget 以下、SRBという。)が設立され、シティチャレンジもこれに統合された。この予算の仕組みの転換が,イギリスの地域再生の触媒として働き、充実した活動へと発展させてきたといえよう。
 SRBの目的は、地域の衰退地域を改善し、地域の生活の質を高めるために、各主体のパートナーシップを進め、その他のリソースを結びつける触媒としての役割を果たすところにある。SRBの事業の対象は、教育及び技術の実施による雇用の創造、持続可能な経済成長の促進、住宅の改善、少数民族の利益の増進、犯罪及びコミュニティの安全性の向上、環境及びインフラストラクチャーの保全と改善並びにグッドデザインの促進、地域住民の生活の質の改善を総合的に行うことである。SRBは、責任ある主体(Accountable Body)間のパートナーシップにより申請されることが求められる。責任ある主体として、地方公共団体を含む必要はないが(民間のみで申請可能)、通常は含まれている。パートナーとしては、チャリティ団体、民間企業等である。
 SRBの申請は、1999年からは地域ごとに設立された地域開発庁(Regional Development Agency-RDA)*1に対して行われる。RDAの中に設置されたSRBチームにより申請が審査され、DETR(環境・交通・地域省)に申請の許可に対する勧告がなされる。DETRは、この勧告に基づき最終的な予算の割り当てを決定する。
 申請は、問題の所在、基礎的データ、予定された活動、活動の結果、その影響についての記述が盛り込まれるともに、RDAが策定する地域戦略、地方公共団体の政策、国の政策と連携が図られたものであることが求められる。予算は、5年間支給されるが、日本の単年度主義の予算の使い方とは異なり、その間の予算の用途は原則プロジェクトに任され、中央政府から用途に対し制限が加わることもないという。現在、最初の5年間の予算の執行状況についての評価が行われているところである。その評価によれば、コミュニティ参加が勧められたことが高く評価されている。一方,予算は5年間で打ち切られ、その後は自立した活動を行っていくことが求められている。また、EUにおいてはさまざまな地域活性化のための基金が設立されているがその中でも、URBAN 基金は、都市域のコミュニティ活動の再生、推進を主な目的として設置されたものであるが、これは、都市域における社会、環境保全、経済にかかる取り組みを統合的な手法でアプローチすること、特定の地域に焦点を当てて実施すること、パートナーシップ、市民参加を確実にし、草の根レベルで都市問題の解決を図ることに重点が置かれている。
 
     
3. 地域再生の触媒役ーグランドワークの役割ー

(1)グランドワークとは
 グランドワークは、1981年に、イギリス環境省により、行政、地域コミュニティ、企業とのパートナーシップを通じて、地域環境の持続的改善を図り、経済及び社会再生を図ることを目的として設立された民間団体である。グランドワークは、衰退した地域の経済の活性化と環境保全との統合的な実現を、地域で組織されたパートナーシップと徹底したコミュニティ参加により行っていくことを目指している。従来の物理的環境の改善を中心とした活動から、最近は犯罪、住宅等の社会問題への取り組みにも焦点が当てられているるとともに、コミュニティにおけるあらゆる人々の社会参加を促す”Community Development”や”Social Inclusion”やコミュニティ参加のためのスキルを育成する”CapacityBuilding”に力が入れられるようになっている。
 グランドワークの、基本的なミッションは、コミュニティ改善活動のきっかけづくりを行い、コミュニティの人々の関わりが深まった段階でグランドワークは徐々に手を引き,コミュニティの持続的で自立した活動を確立するという、中間団体としての役割を果たすことある。従って、グランドワークのコミュニティの活性化”Community Development”の手法は、事業の開始、設計、計画及び実施、管理の全ての段階に地域住民の参加を確保している。自治体とのパートナーシップ事業の場合には、自治体が物理的な建物、庭を整備するのに対し、グランドワークは,地域の人々にそのハードの管理の手法、学校教育との連携手法、コミュニティ自らのガーデン作りの手法といたソフトの部分のサポートを中心に行うことにより、コミュニティの自立した継続的な取り組みを促している。グランドワークのナショナルプロジェクトの一つである放棄された土地の環境復元事業には、1996年から、1998年の間に、200のプロジェクトに対し11,000人の若者、7,500人の大人が加わっっている。
 政府や自治体の政策に対するロビー活動も、グランドワークが直接前面に出てキャンペーンを行うのではなく、コミュニティが自ら行う行動を後ろから支えるという形で行われている。
 企業とのパートナーシップは、企業の社会貢献的事業との連携だけではなく、企業活動における環境配慮の統合を進める環境マネジメントの導入や、地域の環境改善による企業の経営活動が増進する形で行われている。
 
(2)環境と社会と経済との統合的取り組み事例
 グランドワーク活動を長年研究されているバーミング大学の小山氏の案内で、最も古くに設立されたグランドワークSt Helens, Knowsley&Sefton に訪れる機会を得た。このグランドワークは、現在60人のスタッフを有する大規模な組織である。このグランドワークでは、以下の6つのキーワードをもとに活動が展開されている。

 (I) ひとーーーコミュニティに貢献する人づくり
 (II)ひとーー生涯教育の場作り
 (III)ひとーー若者への期待
 (IV)場所ー人々と土地を結びつける
 (V)繁栄ーー人々が職を得られるようにする
 (VI)環境と経済との統合を図る

 このグランドワークの理事会には、これら3つの自治体(リバプールを含めると4都市)がメンバーになっている。セイントヘレンズ市は、グランドワークを自分の子供にようにとらえ、各プロジェクトに対し、常にグランドワークをパートナーとして加えている。一方、ノーズリー市は、新しいプロジェクトをグランドワークにまず実施させ,成功したら自らのプロジェクトとして実施するという関係にある。

(最近のプロジェクト)
○Bold Moss---コミュニティのエコパラダイスの創造
 Bold Mossは、1989年に130Haにもおよぶ石炭鉱山と発電所跡地をブリティッシュ石炭からグランドワークが1ポンドで買い受け、市民参加による植生復元ーーエコパラダイスを創造しようという事業である。事業の実施は、SRB、宝くじ、ヨーロッパの基金等によって行われており、今までに約4万本以上の植樹が原則地域住民の参加のもと行われている。植生復元活動は、実験をしながら進められている。もともとここは強酸性の土壌であったため、発電所で生じる石灰を投入することにより中和が図られている、これ以外は、「外からは土を持ちこまない、外へも持ち出さない」というエコロジカルの原則のもと復元が図られている。
 Mossのそばには、過去鉱山等で働いていた人々の住むコミュニティが存在しているが、この炭坑跡地はそのコミュニティの住民にとっては忘れることのできない、貴重な歴史的場所でもある。Mossの中に作られた野外円形劇場の中には、コミュニティの人々のこの地域に対する愛着を示す詩が彫られた石がうめこまれている。「地域の歴史と文化を尊重する」というのもグランドワークが重要視していることである。これらの活動によりBold Mossは、皆がここに来て楽しむことのできる場所、子供達にとっての活動の場所であるだけでなく、コミュニティ活動の拠点となる場所であり、人々の創造活動、芸術活動を行う場所となっているのである。
 また、グランドワークはこの跡地を緑化することを通じて、鉱山閉山等で衰退しているコミュニティ自身のの再生を図ろうとしている。このコミュニティは、現在、健康、安全等のさまざまな社会問題を抱えているが、グランドワークのアプローチは直接その問題を対処するために介入をするのではなく、彼らの愛着の深い炭坑跡地のMossを復元することを通じて、コミュニティ再生活動に火をつけようとしている。現在、過去炭坑の組合として用いられていたビルを地域のリソースセンターにてきないか、コンピューター等の雇用に必要な新たな技術を身につける場ができないか等が検討されている。 グランドワークは、このMossの中にある円形劇場でさまざまなイベントや教育活動を行っている。また、ガーデニングコンペやワークショップを行うなど,コミュニティの人々の技術を評価、振興するようなイベントも行われている。このようなグランドワークの活動を通じて、コミュニティ活動を活発にし、将来的にはコミュニティ自身にMossの管理及びコミュニティ活動の実施を任せていくことを想定している。(社会問題と環境問題との統合)
 また、このMossに隣接して,Boldmossの自然復元が良好な生活環境を形成することを想定して、民間会社による住宅開発が行われている。(企業との連携の一つの形)さらに、この復元活動自体がが、コミュニティの人々の雇用を生み出しすとともに、コミュニティの人々に環境復元の技術を身につけ、新たな雇用機会を得るきっかけにもなったという。
(環境と経済との統合)

○地産地消プロジェクト(Local Food for LocalPeople)
 地域で生産された新鮮で安全な食料を公正な価格で、都会の人々に供給し、それにより地域の生産者を守る田園、都市のコミュニティ両者に利益をもたらすプロジェクトである。
このプロジェクトでは、都会の人々を田園地域と結びつけることにより、人々は、食料がとこから来て、どのように生産されているのかを学ぶことができる。また、地域のお金を地域経済の中で循環させることにより、地域経済の発展にも資するものである。また、包装の簡易化、輸送距離の削減により環境保全にも貢献する。グランドワークでは、消費者に定期的に直接宅配するボックススキーム、農家が直接販売するファーマーズマーケット、地域の食料品を販売するファームショップの3つのスキームが実施されている。このプロジェクトを実施しながら農業省に支援を要求していたところ、最近農業省の支援事業ができたとのことである。

○森林製品プロジェクト(Woodland Products)
地域の雑木林や森林は、放棄され荒れた状況になっているものが多い。伝統的な管理手法による管理を復活させるために、森林から産出された材料をもちいた製品を開発し、販売していこうとするものである。 製品としては、炭、家具、動物の小屋、薪、チップ等である。
 
     
4. イギリスの経験から学べること

 政府及び中間団体であるグランドワークの活動を紹介したが、イギリスにおける長い地域再生の取り組みの特徴は以下のように整理できよう。

社会問題、経済活性化、環境保全の統合的アプローチ
建物(ハード)への投資から人々への投資
徹底したコミュニティ参加、あらゆる住民のコミュニティ活動への参加
持続的な政策の実施による長期的な取り組みの必要性

 イギリスにおける近年のホリスティックな地域再生の取り組みの背景には、劣悪な住宅、貧困、犯罪、教育の失敗、環境の悪化は、それぞれ別々の問題ではなく、お互いが深く関連しあっているという認識がある。グランドワークのチーフエグゼクティブのトニー氏によれば、「環境問題が中産階級の問問題になっているのは、「環境(Environment)」という概念の意味する内容が、専門家と住民との間でギャップがあるからではないか?住民にとっての環境は、清潔で安全な街、友好的な隣人、良い学校、そして汚染のない状況のことだ」という。また、環境自治体で有名なランカシャーのアジェンダ21の担当者へのインタビューでは、「日本においては、アジェンダ21が狭い意味での環境問題に限られてしまっているが、これは、住民の参加をとおざけてしまうのではないか?住民にとって一番身近な社会、経済問題といっしょに議論していくべきではないか」と指摘されていた。この環境、社会、経済の統合的実現は、現在では、グランドワークだけでなく、政府全体の政策の方針となっているといえよう。現在議会で検討中の地方公共団体法においても、経済、社会及び環境保全における新しい役割が盛り込まれる予定である。このようなアプローチは、”Sustainable Development””Social Inclusion"というキーワードのもと、ローカルアジェンダ21の策定、政府の新しい政策の基礎となっているのである。

 日本においては、里地における個別の地域活性化の取り組みは非常にユニークで興味深い物が多いいが、全国に広く展開できる手法として、イギリスの経験に学ぶことは多いいように思われる。
まず、注目したいのが、経済・社会・環境を統合するホリスティックなアプローチである。
各省庁の縦割り型予算がそのまま地方公共団体に流れている状況下,ホリスティックな活動に自由に使うことのできる各省の施策を統合した単一予算は検討に値すると思われる。これを一気に実現することは難しくても、地方公共団体レベルでのモデル的な取り組みはできないだろうか?その予算は、自治体、民間団体、民間企業等とのパートナーシップ事業を基礎とし、各パートナーシップによる提案競争型で分配するそのような仕組みは作れないだろうか?そしてその予算の用途は、ハードだけではなく、人への投資へ重点をうつす。また、ハード中心の公共事業予算を持続可能な経済社会を作るための長期的な視野に立った予算へと転換していくことも検討されるべきであろう。
 一方、コミュニティにおける自立的活動やNGOが全国的にみて未熟な状況において、里地におけるコミュニティ活動を手助けするグランドワークのような中間団体の設立の促進も必要であろう。里地ネットワークや日本のグランドワーク協会の地元組織版ともいえよう。日本の里地のポテンシャルを引き出し、地域を元気にする、そのような触媒役をパートナーシップを基調とする、政府でもなく、企業でもない、民間の組織で担えないだろうか?ただその立ち上げや一定のプロジェクトの実施に関しては、独立性を妨げない範囲内での政府や企業からの資金の投入が必要であろう。ローカルフードや、森林製品プロジェクト等日本でも小規模で始まっている取組みで、経済性の観点からなかなか成功が難しい環境保全型経済活動に、製品の研究開発、販売の支援等を行うこともできよう。またこのような中間団体や、地域のコミュニティベースの活動が、縦割り行政で狭い視野に陥りがりの行政の欠陥を修復し、地域における,社会、経済、環境保全の統合したアプローチで、豊かな里地づくりを実現する可能性があるのではないかと考える。


この場をお借りして,グランドワーク等の活動の紹介、バーミンガム大学の小山氏、今回のグランドワークの調査の企画をされた龍谷大学の白石氏、茨城大学の柏木氏にお礼を申し上げます。
 
       
里地アドバイザー
環境庁・オックスフォード大学修士過程留学中
中島恵理
2000/7/11

 
       
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