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唐桑現地調査(2)

平成18年9月12日、13日 唐桑現地調査の概要

●ひこばえの森・室根山 牡蠣の森植林現場
・室根山で始まった植林が平成7年から矢越山に移って県、造林跡地に植樹を始めた。
・最近は、赤松の松枯れの被害が広がり、松枯れ後への植樹も行っている。
・矢越山は大川の源流域であり、植樹地にはその水源の一つがあった。
・畠山さんが室根で植樹を始めたきっかけとしては、漁で海に出かけた時、目印・道しるべとして室根山は重要な山で、 そこから流れてくる水が海に注ぐので、漁民とのつながりが歴史的・文化的にも大きかったためだ。
・この植樹活動には、地元12自治会がボランティアで協力、森の維持管理を行っている。

・矢越山のふもとには交流センターがあり、カマ神さまなど文化的な財産もある。
付近には炭焼き小屋、水車などもあって地元ではそれらを用いて地域活性化につなげようとしている。
年8回程度の体験学習の受け入れも行い、植樹とあわせると、通年を通じて人が訪れている。

【調査の感想】
・植樹に年500人×17年以上来ているのはすごい。
・炭焼き施設もあったので間伐したものを炭にして山に戻して土壌改良や水質浄化に役立て、植林の内容の変化をもたせれば、 今後も参加者増加を見込めるのではないかと思った。


●大原造船所
・棟梁は昭和22年、大原から唐桑にでてきた。最初勤めた造船所の4年間、親方は、舟の作り方を教えてくれなかった。丁稚を終えて、 造船所に勤めた時は、船造りの方法が分からなかったので、自力で作り方を考え、最初の舟をつくった。この時は、夜な夜な、 自転車をこいで港の船を見に行き、寸法を測り、次の日の作業の分を勉強しながら、船造りを行う日々だった。そんな苦労を重ねた末に独立して、 唐桑に大原造船所をひらいた。
その際作った「大原造船所」の看板は、船材の杉に自分で彫ったもので、今でも自慢の看板である。
・造船所では、今、550番目の舟をつくっている。みさご丸、といい、3隻目(世代目)のみさご丸である。
・岩淵棟梁は、「漁師が安心して乗れる舟」を第一に考えて船を造っており、その結果、多くの漁師・船主から信頼を得ている。 「岩淵棟梁の舟ならシケでも転覆しない、絶対安全だ」との評価が聞かれた。
・船は一艇一艇が違う、用途によっても違う。常に、よりよい舟をめざして船造りを行っている。
・安定した船をにするには船底が一番大事。
・船には舟魂様を入れるが、棟梁は、室根山とも関わりのある「瀬織津姫」を入れている。
・地域との繋がりということでは、息子さんがPTA会長だったとき、小学校の体験学習で、牡蠣の養殖をしていたが、 そのいかだに渡る桟橋を作ったことがあった。


●牡蠣、帆立
・唐桑は水産で食べている町である。
・水山水産養殖場の帆立加工場を見せてもらった。
・みさご丸さんでは、帆立の養殖は成長段階でネットを替えながら大きく成長させる。
・養殖いかだは、いかだの下に5万の牡蠣が釣り下がっている。
・魚の養殖は餌代がかかるが、牡蠣はかからない。海のプランクトンを摂取する。
・牡蠣は1年生のもので一日にドラム缶一本分、200リットルの水を吸ってプランクトンを摂取する。
・海の植物プランクトンには大きく2種類あり、珪藻類、鞭毛藻(べんもうそう)類がいるが、牡蠣が成長するには珪藻類が必要。 鞭毛藻はくらげの繁殖につながる。
・近年、巨大な越前クラゲが、日本海から、東シナ海を回り、気仙沼近くまで来ている。
・実際に海にでて、いかだを引き上げて養殖の様子を見せてもらった。
・牡蠣、帆立のほかにいろんな付着物がついていた。
・昆布、ホヤ、虫のようなもの、ワレカラ(海の甲殻類の一種)などが見られた。
・集荷が近くなると、舟に、釜を設けて、60度の湯をわかし、10月に出荷する牡蠣を8月ころ風呂に入れ、付着物を除去し、お湯の刺激で、 牡蠣をふっくら膨らませている。
・牡蠣、帆立ともその場で賞味させていただき、味覚を確認した。


●大川
・投網による生物調査を行った。
・大川漁協組合長の協力のもと投げ方を指導してもらった。
・柿渋をぬった昔の投網も見せていただいた。
・車には特別採捕許可の旗をはった。投網を打つと一気に穫れて鮎がいなくなるので、投網は通常禁止になっているとのこと。
・組合長は投網を打つのは5年ぶりと言っていたが、きちんと広がって、カマツカがとれた (カマツカは鮎の稚魚を琵琶湖から入れたときに混じったらしい)。
・広げた投網を引く時は、横に引くと魚が逃げるので下流にむけて引っ張る。
・メンバーも練習し、アブラハヤ、シマヨシノボリなどがとれた。
・大川は、通常、アユつり用の「ころがし」の釣りを行う川で、針が引っかかった。
・現場は「せせらぎ公園」という親水公園だったので、針が川の中にあるのは危険。
・玉網で川岸をすくうと、スジエビ、ヤゴ、水生昆虫などもたくさん入った。

(感想)
投網は原則禁止とのことだったが、投網の文化、食文化などがまだのこっているので、体験活動などを通して伝えられたらと思った。


●気仙沼湾、舞根、大川河口、里海
・漁協の方の指導と協力で、2席の船に分かれ調査を行った。
お二人とも牡蠣・帆立の養殖をしている方で、宿浦から大川の河口、唐桑半島の先まで行き、戻ってきた。
・船では、唐桑半島では湾ごとに名前があったこと、鯨の伝説があったことなど、豊かな海の話を聞く事ができた。
・外洋にも内湾にも両方で漁業があって、豊かな漁業文化がある。
・魚群探知機を使って水深を図りながら航行した。
・大川河口の近くで1.5mくらい浅くなっていて、漁師さんもここまで船で来たことは滅多にないとのこと。
・大川が土砂を流してきている様子が伺えた。
・河口付近は魚のゆりかご、海に体をならす重要な場所とのことだった。
・唐桑半島の先端まで行くと、そこは30-40mくらいの深さで、湾の出口は水深15メートルくらいだった。
・湾全体が、湖のような、お鉢のような地形になっている海だと実感でき、地形の恵みを痛感した。
・漁民の信仰を集めたという室根山が大川河口より見えた。
・室根神社の大祭のときには、漁師が室根山が見えるところまで出て海の水を汲み、その水でご神体を清めるとのことだった。
・みさご丸の船首さんを訪問し、漁具の知恵、海の恵みに対する思いなどを聞いた。
・ほたてのかごをつくろっておられた。
・この道具は「スパイキー」といってロープの間にいれてわかめなどをはさめるのに用いる。
・一つは木だが写真はかじきの角で作ってある。これだと天然素材なのでひっかからず使いやすい
・ロープはわざわざ漁網をよったものを作っており、通常のロープより弾力があり丈夫とのこと。
・湾の中で牡蠣・帆立を養殖するが、植物プランクトンを餌にしており、 山から入ってきた水がミネラルを運んできてそれが良質の植物プランクトンをつくるとのこと。
・単に美しい景観ということではくて、山から入る栄養が海の産物を育むという広い関係を畠山さんから聞くことができた。
・あずさ丸をつくった木材の切り株があった。10年もたつが川も剥がれず腐っていない。
・真水は立ち木は真水に強く塩水に弱いが切った木は塩水で強くなり真水で腐りやすくなるとのことだった。

(感想)
・外洋は波が強く湾の中は波が弱い。
・閉鎖水域の中でやっているので、経済と海の環境のバランスなど微妙な関係で考えなければならない。

 

●舞根地区
・山側に広葉樹林の林があり、道路を見下ろすようにお地蔵様がいた。
・結城さん宅:道路をつくるときに湧水を引き込むパイプをひいてもらい利用していた。
・パイプを引く前は、石でできた井戸に湧水をためて地域の人々で使っていた。
・水がきれいなので井戸の中には、トウホクサンショウウオがいた。結城さん曰く、気持ち悪くて触ったことはないとのこと。
・岩渕棟梁に船を作ってもらったという人に会った。天祐丸さんといい、海苔や鮑を養殖していたとのこと。
・海苔、鮑には小型の木の船が一番使いやすい、操作性も良いし何より沈まないと言って、櫂を左に回すと右に、 右に回すと左に回るという微妙に操作を実際にやってみせてくださった。
・漁具を見せていただいた。先の金具が二本あるのはウニとり、一本の葉あわびとりに使うらしい。
・干潟ではアサリがよく穫れるらしい。あさりのシーズンにはたくさんの人がとりにくるが、県外の人も多くそれは困っているようだ。


●浦地区
・棟梁についてきてもらって河口のまで行き、みさご丸を訪問した。その後、森にむかって上流へ行った。
・「津波予想水域」というのがあり、一番上で8m。かつての津波記録で4.3mとの表示もあった。
・川の河口を見ようとしたが、「防潮堤」といって川はカギ型に曲がって海に注ぐようになっており、河口はわかりにくかった。
・川を上ったがその川の名前をきいたが地元の人は誰も知らなかった
・昔は4本の木があったが、木を伐ったら2本は涸れたらしい。一本の沢をのぼった。
・中流部まで3面張りで、水量もすくなかったが、水が溜まっている所にはヨシノボリのような魚が群がっており、鳥がついばんでいた。
・上流へ行くと砂防堰堤。あまり土砂はたまっていなかったが、立派な堰堤で安全管理がいきとどいていると思った。
・上にいくと小川になり、まわりは杉林だった。小川にはカワゲラ、カゲロウなど、比較的綺麗な水に住むといわれる生物がいた。
・残りの一本はちょろちょろ程度で、3面張りの水路。集落の中を流れる。
・水がきれいでマスには生物がおり、ミミズなどがたくさんいた。
・水路の隣の地元の人に話しを聞くと、10年前に浄化漕を設けて汚れた水が流れないようにしているとのことだった。
・みさご丸では、お地蔵様が祀ってあったので聞くと、昔、3歳の息子さんと友達が、目の前の海で亡くなったとのことだった。

(感想)
・みさご丸さんのお地蔵様のことや、津波のことなど、海の楽しい面だけでなく危険と隣り合わせであることも垣間見ることができた。 そのようなこともあり砂防堰堤など大掛かりな工事もされているのだろうと思った。

2006年09月17日 | 森里川海