山道省三
●全国水環境交流会 山道省三
やまみち・しょうぞう 全国水環境交流会代表理事 1949年11月、長崎県生まれ。
■プロフィール
長崎の山奥で育ちましたが、ぼくらの世代は、子どもの頃に川で遊ぶのが普通だったんです。
昭和四〇年代に学校プールができていく前に子ども時代を過ごせたことに安堵しています。
今、五〇~六〇歳代の人たちの多くは川で遊んでました。中学生まで続けているのはよほどで、たいてい小学校の六年間で卒業した。ただ、
その体験はきわめて濃厚だったわけです。
川だけではない。ここまでが川で、ここからは山で──というような区切りはないんです。特に長崎の山というのは、そんなに高くはなくて、
丘みたいなもの。中腹までミカン山になっているようなところが多く、川幅もせいぜい数十メートル程度。そこが遊び場で、
川をさかのぼっていけばミカン山があって、その奥に行けば雑木林があるという世界でした。
そこには、自然の食べ物やミカンや柿などがあった。長崎では年中果物がなり、柿やミカンはどこにもあったし、
あそこの川岸を何月何日頃によじ登ると、スイカが、メロンが食べ頃というのも、大体わかっていた。もう一つは、川の中の生き物。
とくに素潜りして素手でフナを捕まえることと、ウナギを捕ることが最終目的になっていた。捕ったら確実に食べた。ほかの雑魚は、
もう見向きもしない。
山遊びでは、それらと同時に、野鳥を捕っていたし、あわよくばウサギを捕っていた。
長崎のミカンは一二月の初旬に収穫するんです。その頃は、ヒヨドリがビタミンCでたっぷり太って、最高においしい。お正月の食卓に並んで、
くちばしと爪と羽以外は全部食べていた。家に持ち帰ると、「よく捕ってきた」とほめてもらい、子どもが大人の中に入っていく入り口として、
きわめて有効な手段になっていたんです。
大学に進学してからは、造園科に入りました。ちょうど、一九七〇年のはじめごろに、環境問題が注目されていて、
どういう人が携わっているのか関心を持ったところ、それが、どうも造園の人たちだった。その中で、公園や個人庭園を造ったり、
国立公園でなにかするというのとはちょっと違った、どこか膨らみを持った概念としての環境問題をやりたかった。
(『第1章 森、里、川、海──四分野で目指しているもの3 「川」』より抜粋)
2005年11月18日 | メンバー
