ボスニア・ヘルツェゴビナの里地里山(4) botzunia i Hertzgovina

ボスニア・ヘルツェゴビナの首都サラエボ。私がこどもの頃、冬のオリンピックで著名になった街。この街には、 第1次世界大戦の発祥の地という看板が掲示されている橋があります。そして、内紛の数々。さまざまなことがありましたが、街もカフェも、 落ち着いた日本人好みの暖かな国でした。

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会議の合間、お昼に訪れたカフェとその周辺の街並み

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カフェの中からサラエボの冬景色。前日の日差しが一転して冬景色

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十数年前の銃撃戦の後が、今でも市内の至る所で見かけられる
マンションの十数階、日本ではここから雨漏りしそうだが、降雨量の少ないこの国では、カサもあまりささず、ひび割れも大丈夫そうだ。

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無数の銃弾跡が見える建物と、古い街並み

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世界遺産登録されているモスタルの橋。

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お土産ものやさの店先に並ぶさまざまな品。
川の中は、以外と、ポイ捨てが目立つのが気になる。
ここには少々環境学習が必要そうでした。

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現地の地図の一部。よく見ると鍾乳洞や没落地のようなマークが目立つ。

 

[2007年10月30日 レポート]

ボスニア・ヘルツェゴビナの里地里山(3) botzunia i Hertzgovina

山間部の暮らしは、牧羊と酪農の暮らし。豊富にある地域資源である岩と石で、壁をつくり、壁の中での放牧や、 壁に守られた菜園づくりが行われている。
この羊と羊飼いのいる暮らしの中で、山では、今でも、オオカミが生存できている。

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石壁の中での放牧    羊飼いとともに移動している群羊

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日本では、鹿、猪、猿などの被害が増えているが、この地では、国土全体に亘り、里山は、家畜と燃料を取る山として活用されており、実に、 山麓の景観は、美しい。

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電柱と牛。一時期ホルスタイン等が導入されたが、在来の牛でないといいチーズができないと、最近では、牛は、在来種を増やし、 酪農が行われている。
堆肥づくりの技術は、比較的乾燥地帯なため、野積みで行われていた。冬季の温度変化を考えると、 寒冷遮など簡易な資材で効果的な土づくりが行えそうです。

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石壁に守られた菜園。 鶏は、番犬に守られ放し飼いにされている。

 
ここでも歓迎は、果樹酒。この部屋は、地元の人々やゲスト用のラウンジのようだった。

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農協組合長の家。牛乳を集め冷蔵タンクに保管し、2日一度、サラエボに牛乳の出荷に行く。70戸で、200頭の牛を飼っている。 草の量に応じた牛の頭数なのだろう。

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牛乳の集荷場の前にある小さなホテル。チーズ、羊や牛の薫製肉が美味。
今は、平和がもどり、夜も人々が集い楽しい語らいが続いている。

ホテルの前には、戦死した人々の慰霊碑が灯されていた。

[2007年10月30日 レポート]

ボスニア・ヘルツェゴビナの里地里山(2) botzunia i Hertzgovina

ボスニア・ヘルツェゴビナの南部ベレズ地区です。

北部地区の豊かな森と異なり、南部のこの地区の山は、岩盤がむき出しになっています。かつては、緑に覆われていた山は、 度重なる内戦で樹木の伐採が進み、現在は、岩肌を見せています。
この山では、野ウサギ等の狩猟がかつて盛んなようでしたが、最近ウサギの数が減ったことで、狩猟の会では、 植樹活動を行うという話も出ているようです。
山麓の家々の暮らしは、水は、天水(屋根の水をタンクに集めて)の生活です。燃料は、薪です。
ごちそうは、チーズと羊やウサギの肉です。

この雄大な景観と、この山にしみこんだ水が、洞窟から噴き出しているベレズ地区では、エコツアーとエコツーリズム民宿の促進を、ボスニア・ ヘルツェゴビナ国からの要請もあり、JICAでは行っていました。

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岩肌をむき出した山と天水の暮らしの家 エコツーリズムのインフォメーションセンター

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洞窟からの湧水量は欧州1の水量、毎秒40トンが湧きだしている

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水源から500m程の川にかかる橋 イワナとヤマメに似た魚が豊富な川

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水源の洞窟横に建つ家。 この家もエコツーリズム民宿です。
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エコツーリズム民宿の玄関と居間。すばらしいアレンジです。

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この建物の中は、天然の冷蔵庫です。上流の取水口から、湧水(6~7℃)を入り、この出口から水が出るしくみです。建物の内部は、冷却され、 また、水中では、直接冷やすことができます。洞窟から100m足らずのこの湧水は、水のあるくらしの豊かさを痛感します。しかしながら、 この山の上では、天水を使った暮らしを送る人々がいるというのも、不思議です。

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中央のテーブルは、囲炉裏。横穴の冷気、暖気を利用した空間
冬暖かく、夏涼しいこの横穴は、一度、この宿に泊まり体験したい場所です。

 

水源の洞窟から20分ほどの山の裏側にあたる農村でも、エコツーリズム民宿が行われていました。

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家は、煉瓦を積み上げ、外壁、内壁は、塗り壁です。
家の裏手には、ちょっと樹木を置くのに適したくぼみがありました。

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この小屋は、薫製小屋です。中には、薪と薫製用の機材が納められていました。
家の周囲は、草地です。羊、牛の採草地です。その中にも、お酒の原料となる果樹の木が植えられています。農家の庭先は、 この地では多様な果樹です。

 

[2007年10月30日 レポート]

ボスニア・ヘルツェゴビナの里地里山(1) botzunia i Hertzgovina

2007年10月20日から25日の6日間、東欧、バルカン半島の中のボスニア・ ヘルツェゴビナの里地里山を、数日間の限られた時間でしたが現地視察を行ってきました。  (注意)この地へ旅する場合は、 不発弾等が残っているためツアーガイドや地元案内人の指示に従ってください。

目的は、日本国内で行っている地元学、里地里山の保全方策、地域活性化のシナリオ等の各種地域づくりや合意形成の手法が、 西バルカン地域におけるコュニティーや村落を取り巻く自然環境、社会環境に対して適応しうるか否かの確認を行うためです。

調査テーマは、内戦の混乱から脱した同国において、持続可能な地域づくりと環境保全への適用可能性があるか否かの調査です。

里地ネットワークの期待は、国内の里地里山の保全のように、住民参加の地域づくりや生物多様性の保全、産品開発、 エコツーリズムの展開など、住民主体で、かつ、環境に配慮した持続的な地域づくりが、国内を問わず世界各国で行われることです。

ボスニア・ヘルツェゴビナへの旅(1)(2)(3)では、里地里山の特徴と魅力、地域資源や知恵の類似部分を紹介します。(4)では、 サラエボの中心地街と世界遺産の街を紹介します。


北部プリパ地区の里地里山(エコツーリズム推進地域)
ボスニアの地質は、カルスト地形。日本では、阿蘇山麓や、山口県秋芳洞と同様、降雨のほとんどが地下浸透している地域です。
このカルスト地形のの特徴は、地下に浸透した水が、滝のように山麓や地下の鍾乳洞等で湧きだすことです。
最初の視察地では、毎秒数十トンの湧水がわき上がり、静岡県三島市の柿田川のように、水源から百メートルあまりの地点で、 豊富な水量を誇る河川が現れます。

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水源地点では、突然、川が誕生。
牛舎の横からは、池から滝が生まれるように川が始まる。非常に神秘的、目を見張る光景。

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水源から、50m、200メートルの地点では、既に豊富な水量を誇る渓流です。
水温は、6℃。この先1キロメートル地点までは、通年等して、6℃プラスマイナス2℃程度の水が、清冽な水の生き物を育んでいます。 周囲の山は、一面の雑木です。紅葉が美しく、上高地の森と勘違いするような湧水と紅葉の景観でした。
この紅葉の林の中には、食べられる木の実がなっていました。クルミや数種のベリーは、あたり一面にありました。 山の木の実ですぐにジャムができそうです。
この地には、欧州フライフィッシングのチャンピオンが自然観察ガイドとして活躍していました。
数名のインストラクターは、フィシング、ラフティング、クライミング、パラグライダー等、多彩なアウトドアスポーツを、 この地に根付かせるようと努力しています。フライフィシング用の毛針は、英国への販売を行っていました。

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豊富な水量を活用した水力式製材機。この製材機は、1960年後半に既に稼働を中止したらしい。
二つの河川(湧水から500m)の中州には、粉引小屋(ミル)があった場所。今は、もう稼働していませんが、湧水の水量が安定しているため、 放置しておくには、もったいない地域資源でした。

[2007年10月30日 レポート]

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