豪雪の爪痕残る長野県飯山市黒岩山のカタクリとギフチョウ
5月20日 例年であれば、雪がとけている山頂や尾根にまだ雪が厚くつもっている。
1月から2月にかけて、自衛隊も出動した豪雪地帯だ。
「今年の雪は、毎日毎日つもり続き、雪は次第にしまり、圧雪し、一枚岩のような雪だった」地元顔戸地区の人々は口を揃えて言う。
屋根につもった雪の端を砕くと、つっかえ棒をはずした貨車のようなもの、屋根から岩のような雪の塊が、襲いかかり、
挟まり圧迫されて一瞬で命を落とす。
今年の雪下ろしは、雪の性質を知らずに下から砕いたために、大きな事故が絶えなかったという。
雪の厚みは4m。今年は、表層雪崩ではなく、全層雪崩だった。
杉や松の幹は折れ、体育館の屋根は落ち、家は崩れ、軽トラックはつぶれた。
自然の力の大きさを思い知らされた冬だった。
標高1000m近くのブナの森。雪の表面には、ブナの実が落ちていた。雪解けと共に、雪の中から姿を現し始めた冷蔵品だ。ブナの根元、 雪の下には、雪解け水が、ごうごうと流れている。この流れの上を歩いてもまだ雪は硬くしまっている。外気温20度。 まだ残されている豪雪の面影である。
一面のカタクリの群落。雪解けを待ち一斉に花を咲かせている。雪解けを待ちきれないカタクリは、一本の葉を、
雪に突き刺すように葉をだしていた。なかなか訪れない春を待ちわびているのだろう。
このカタクリに、ギフチョウは、密を吸いに来る。1週間程度しか成虫で過ごさないギフチョウは、産卵や体力維持のために、
ギフチョウと同時に咲き誇るカタクリに集まり、花密を吸い、ウスバサイシンの葉に卵を産みつける。
2002年、文化庁は、黒岩山の自然調査を行い、保全のためのビジョンを作成した。スキー場の閉鎖によって、
下草刈り等の管理作業が行われなくなることで、草地は、ススキ原や藪化し、カタクリが生えなくなる。
この指摘の通り、5年を過ぎた今、ススキや低木が広がり、その部分のカタクリは減少している。
一方で、当時の資料に記載されていないカ所、スキー場上から山頂付近まで、カタクリの群落が至る所で見られる。地元保全団体が、 下草刈りを行ったカ所は、一面のカタクリの群落となり、下草を刈らないカ所にも、無数のカタクリが点在地していた。今回、 散策した6キロメートルの間の林床には、見つけられない場所がないほどカタクリがあった。豪雪や豪雨との関係は不明だが、次回訪れた際には、 この点の確認を行いたいと思っている。
ギフチョウの産卵するウスバサイシン。1980年代にギフチョウが減少した際に、保護活動を始めた地元の寺の住職は、 このウスバサイシンの増殖を始めた。株分けと種からの栽培を行い、毎年、山に植えている。幾度もの失敗の後、現在は、林のなかに、 ウスバサイシンの増殖地を形成し、継続的なモニタリング活動を行っている。このウスバスイシンのモニタリングカ所で、私達も、 ギフチョウを観察することができた。
山の中で6頭のギフチョウ。そして、住職の寺で増殖しているウスバサイシンの畑で、1頭のギフチョウを見ることができた。
合計7頭である。寺は里にあり、ギフチョウは、家々の間を舞っていった。
生息環境とは、幼虫のエサであるウスバサイシンがあること、成虫がとべる開けた空間があること、そして、カタクリ等の花密があれば、
里の暮らしの中に下りてくることができることに改めて感動した。
クマが里にでてくるよりも、ギフチョウが、国道添いを飛んでいる方が、不思議ではないのかもしれない。
黒岩山の特徴は、日本海側の自然風土と太平洋側の自然風土が混在することにある。
近辺にあるスキーで有名な斑尾や野沢温泉の山々にはない独特の風土だ。
地元の方が、正月に、塩鮭を食べるか、ブリを食べるかといった話題が引用された。私の妻の実家である隣町の中野市や野沢温泉村では塩鮭だが、
飯山市黒岩山山麓は、この入り交じった場所のようだ。
ギフチョウとヒメギフチョウの両方が生息する日本でも希少な環境である。
関西と関東、日本海と太平洋の気候が混在する場所という方がわかりやすいかもしれないが、それほど、黒岩山の自然は、
変化に富んでいることになる。
文化庁の報告書を、帰路の列車で見ていた際に、気になる一文があった。
文化遺産黒岩山の保全は、ギフチョウやヒメギフチョウ、カタクリやミズバショウの生息地といった側面から、山ばかりを見ていたのでは、
保全できない。
今回は、妻の実家の近くで行われているこの取り組みを見に行ったが、自然保護や文化遺産の保護活動が難しいのは、 野生生物や文化遺産に関心をもつ人が、その関心を、汗をかいて保全するという行動に転換できるか否かである。もし、その関心が、いるから、 あるから見たいのであって、保全してまで見たくない、保全しなくても、周囲にはいるから、多少へってもしかたない、という段階では、 保全の実作業へと転換することは困難である。カタクリの花が、ひと束、100円で道の駅で売られているらしい。飯山では、カタクリは、 林を開いた場所や農家の裏山にあるこれといって、希少性のあるものではないようだ。お浸しにすると美味しい。だが、おいしいなら、 もっと高くて良さそうなものだ。この100円は何を意味するのか私にはまだ分からない。
飯山市黒岩山の山麓は、信濃平とよばれている。スキー場が4年前に閉鎖された後も、スキー場で栄えていた民宿の内、
20軒弱が経営している。小学校や中学校の体験学習の受入がメインの仕事である。
体験学習のメニューは、5月の田植に始まり、川遊び、海遊び、ホタルや草花の観察などなど、メニューは豊富だ。いずれも、20軒弱の民宿で、
民宿毎に10程度のこども達を受入、家族のような関係で、飯山の暮らしが体験できる。ここに1週間滞在した子どもたちは、
別れのつらさに泣いてしまう子どもが多いそうだ。飯山のこの自然は、こども達の心を真に開いているようだ。しかし、この体験学習は、決して、
拡大しているわけではない。
黒岩山の保全は、こうした民宿の体験メニューや日々の暮らしの中へ、黒岩山の資源の活用を盛り込むことができるか、また、 保全型のツーリズムの開発ができるかにかかっているかのような気がした。
ムササビの「ももちゃん」と暮らす黒岩山の保全を続けている住職
豪雪で倒れた木を引出、自ら加工してイスを作る。
ギフチョウ、ウスバサイシンの保護増殖から里山の刈り払いまで自ら実践する住職。
2006年05月21日 [竹田の公開メモ]