新・森里川海の自然再生のコンセプト(案)
第2回 森里川海フォーラム(コンセプト開発会議)
テーマ 「つながりの解明と自然再生運動の構築」
日時:2005年12月16日 13時~17時
会場:神谷町 日本環境協会 大会議室
主催:自然再生を推進する市民団体連絡会
共催:地球環境パートナーシッププラザ、森づくりフォーラム、里地ネットワーク、全国水環境交流会、海辺つくり研究会
内容:森里川海のコアメンバーより、これまでの経過報告と、各分野数名をゲストに招いてのフレーム議論を行う。
参加者は、以下の通りです。★他の参加者の名前を教えてください。★
参加者
・森 :渋沢寿一、原島幹典、清藤奈津子、
・里 :吉本哲郎、竹田純一、牧下圭貴、小関緑、
・川 :山道省三、福永泰久、飯田幸一、石月升、田中栄二
・海 :木村尚、古川恵太、他
・市民:佐藤年雄、伊藤博隆、佐藤寿延、岩下友也、
上記メンバー、及び、関係機関からの参加者を含め、25名でコンセプト開発会議を行った。福永泰久氏のプレゼンテーションの後、
順次発言いただいた結果を、事務局(竹田純一)にて、以下の通りまとめさせていただいた。
会議要旨のまとめにあたっては、コンセプトが明確になるように、参加者の発言を、要素毎に分解させていただき、整理し直させていただいた。
このため、あえて発言者名は記していない。
本コンセプト会議の目的
1.自然再生の概念を整理し、森里川海の連携型の自然再生の手法を構築する
2.4団体のネットワークを通じて、構築した手法を、現場活動団体に浸透させる
3.4団体の協働モデル事業の創出により、血の通った自然再生事業を試行する
4.上記試行錯誤を、自然再生活動推進法改定の際の参考資料と位置づける
自然再生のコンセプト
1.森里川海フォーラムがめざす「自然再生」
の概念
自然再生は、どこかの時点に戻すと考えるのではなく、こんな姿にしたいという希望、夢を皆で共有することが重要だろう。
戻ることではない。
戻すというと自然公園のようにしないと戻せなくなってしまった。
昔に戻れではないが、失ったものは何かを、知っておく必要がある。
50年、100年かけて失ったものは、同じ年月をかけて取り戻さねばならない。
山村は劇的に変わった。昭和30から45年頃、石油依存で、社会が変わった時期に、自然の概念が日本人にとって変わってしまった。
日本の自然と社会の関係は、分けて考えるからおかしくなる。
自然は、Natureを訳して明治に作られた言葉。
欧米の考えを踏襲して議論しているからおかしくなる。
日本は自然と社会が一緒だった。
住んでいる人が住んでいるところのことを知らないことが多い。
暮らしを見つめ直すとどうなうか、ひとつの事例をあげれば、
宮崎県で地元学の結果おこったことは
役場の職員が自転車で村をまわるようになった
認定農業者の会の者が「子どもたちに伝えたい村の風景展」を開いたところ、農作業、暮らしの風景が大賞になった。
役場の職員3人が川掃除を始めた。地区の人が自分もするといった。地域づくりになるこの力は大きい。
自然を内包する暮らしの再生が自然再生
どう自然と関わるかという視点で考えなければならない。
自然再生は、戻すのではなく、つくっていくこと、暮らしにかかわっていくことだ。
その時どう継続していけるかを語り合う。
それぞれに、必要なこと、良くしたいことなどを語り合いたい。
つくっていく際に、新しいものを見つける前に、その劇的な変化の前の状態をもう一度見直す必要がある。
東北などでは江戸時代あるいは縄文時代から、暮らし変わらない部分がある。
人間が自然を利用したというより里山という生態系の中に人間が必要だった。
それをもう一度見直すことが必要。
自然再生は、再生であり、創造であり、新たな暮らしづくりである。
2.合意形成と社会的合意形成
林業サイドでは先がみえない状態は皆同じ。
経済的価値を生まないがそれではいけない。
じゃあだれが一歩をふみだすか。
そのとき大事なのは、合意形成。
地元も都会のものも、合意点を見出す。
地域ごとに、エリアごとに、ここはこんな森にしたいということを合意する。
例えば東京都は花粉症対策としてスギを皆伐するということが施策になる時代になった。そういうことに税金が投入される。
本当にそれでいいのか、確認していく必要がある。
ボランティアは、労働力としての評価だけではだめ。
風の人としての役割がある。
山仕事60年もしていたおじいさんの話を、家族の者は話も聞かないが、都会のものが聞いてくれる。
そして昔の言葉で語りだして元気になる。
ボランティアの人が動くことで、自分の地域に対して評価をもち自覚したりする。
都会の者を出したり入れたりすることで付加価値がつくことがあると思った。
3.境界の存在理由、
分断された境界線から解きほぐす
暮らしのなかで、山里川海がつながるのはいいが、災害の視点からは、境界を作らざるをえなかった。
見方によっては分けなくてはいけないこともあった。しかし、分けたら集めて考える。一旦分けたら集めることが大事。そこを忘れたら泥沼。
生活で統合する、流域で統合するなどが必要。
●さまざまな「境界」の例
新潟の山村では「山境」という概念と「村境」という概念がある。
「山境」は狩りに行くときにそこから上は狩りのことばを使う。山と里山という概念と重なる。
山境より上は茅場、焼畑、人工林
山境のところが薪山、食料、でんぷん山。
一町歩一家族といわれている。
山の境界(国有林、水源林、分集造林、民有林)
谷と尾根による集水域の境界
林と草地の境界
山林と農地の境界
田んぼと水路
水際と陸地
なだらかな水際という境界線(鳥の種類によってエサのとり方が違う)
植物と泥のどちらともいえないような水際線(なまずの産卵地)
植物は全ての角度を与えている(トンボの羽化:種類により水際の植物の角度が異なる。)
植物の中のあまり知られていない境界。(アオスジアゲハの生息場所。吸水できるけれど足がぬれない微妙な水際線。)
干潟と海
海の中の境界、砂利と泥のところが分かれている。
スジアオノリが生え、コアマモなどが生え、境界線ができあがっている。
沿岸域の境界
海辺の境界(干潟のネットワークの再生)
●分断された境界の例
水路と水田の分断(U字溝によるゆるやかな境界の分断)
砂防堰による河川上下流の分断
林道と道路側溝による水の流れの分断と集中
放置による緩やかな境界線の喪失(宅地から荒廃林へ)
海と陸地(防波堤、護岸による岩場、浜辺、干潟の喪失)
4.暮らしを見つめ直す
(暮らしと生態系を再構築する
山で暮らす人の段取りを洗い出せば、森里川海で連携できる部分が明らかになる。
生き物の生態から見直すとつながる。ムカシトンボの生息環境 森までふくめた空間が必要。
水質の浄化、流下時間か時間が長いほど浄化される。3面張りより自然河床の方が時間がかかる。
四万十川の川漁。鮎、スジアオノリ、漁獲総量が激減している。
川の中の物質循環 川漁による窒素の除去が行われていた。川漁により10%の窒素を川ら除去していた。漁獲高が減った平成11年、
除去量は4.3%に減っている。リン除去量は14%から8.2%に減っている。
撹乱によって物質は海へ。洪水によって泥などを海へ洗い流す。海にとっては栄養分の供給。カタクチイワシの稚魚が増える。
物質循環からみた東京湾の境界 あさり浮遊幼生で調査→湾内のネットワークが少なくなっている。生息地のネットワークが必要。
ネットワークの基準になるものを小さくても作ってやればよい。
暮らしの中からつながる要素、長老への聞き取り、1年を通じた山里川海の暮らしと自然への働きかけを整理する
リレートーク 「幸福像と自然再生」
▼幸福像と出世
「幸福像」ということが、ソフトな部分だが浮き彫りになっているのではないか。
山口支局に記者としていたときに、山口では東京にいく人が立身出世だった。
そういう日本の国をどうしたらよいか、国土の形成というか、
どう日本人がなったらよいかということも含めて話すべきスケールの大きな話ではないか。
▼町のしくみ
町は、人が集まるということでは村と同じ。だがシステムが未成熟。
町はごみがたまっても人が死んでも逃げられない。
町からくる人にとっては、村は安心な場所。
それをどう経済につながるか。その視点がないと自然再生は間違える。
ただし経済といってもお金の経済と、共同の経済と自給自足の経済がある。
共同の経済、自給自足の経済が大事。
▼経済価値
手間と暇をかけた暮らしをしてきた人は「絶滅危惧種」。
そういう人からいろんなヒントを得られる。エコツアーのように街の人をつれてきて、その地域に人が住んでいた意義などを伝えようとしている。
その暮らしを再評価するときに、市場経済に倣ってはダメ。市場経済の代償に失ってきたものがある。
人間が幸せを感じるのは他と比較しがちだが、そうではなくて自分自身の充実感が重要。与えられた境遇の中でどう満足するか。そういう心、
自分の気持ちが重要。
▼馬路村のゆず
馬路村は合併しなかった。その村はかつて官有林で栄えたが今は柚子。ゆずは18年たたないと実らないというから、
18年たたないと他は追いついてこない。柚子にした判断はえらかった。
今問題になっている人工林も100年経っていい木になる。それまで頑張る、そのために科学的に裏づけをして知恵を出し合って支えあおう。
▼かやばの暮らし
てんぐ高原は昔茅場だったが、牧場になった。ススキの草原にするためには4年に一度の持ち出しか火入れを続けることが必要。
半自然の窒素循環。茅場からの窒素持ち出しは59kg/ha/年。供給される窒素を持ち出すので、ススキ草原が維持される。
草原の生物 ヒョウモン類、ヒメユリ、スミレ、今は殆ど見られない。
茅場の役割:屋根材、牛馬の資料、堆肥材料、炭俵など
日本の民謡:「刈り干しきり唄」茅場がなくなると文化が消える。
▼四万十川の魚
四万十川では、専業の川漁師300~400人いる。5分の1くらいに減っていて漁業者が危機感をもっている。
温暖化で水温が下がらずシラスウナギの産卵期が遅れている。長期にわたり産卵がだらだら続く状況。
漁具が進歩して卵をだいた状態でとってしまうので魚が減っている。そこで半月解禁を遅らせたが、まだ産卵がおわらないのが多かった。
生産ということからすると、自分たちの生産のために自分たちをコントロールしようとしいている。
リレートーク 「都市側からの働きかけ」
▼災害時の人間の問題
今必要なものは、人が自然の中で生きてきた本能を、とりもどすこと。
震災のとき、電気もガスもなく人間が野生に返されるが、そのとき、鍋で米を炊くすべを女たちが知らなかったという。また、
通信手段がなくなって困ったという。自然に帰されたときに人間はどう生きるのか、人間を含めた自然再生が一番欠落しているのではないか。
▼新住民が住み始めると、目の前に海があってもどうでもいい。 もともとの漁師の祭りと関係なく団地の祭りとかできて昔の祭りが維持できない。そういうところで文化でも境界ができてしまっている。 求心力がない。どうやって求心力を持たせるプログラムにするか。
▼お台場の海苔
お台場は、人が住んで10年くらいで、誇りがないので、海苔をつくることになり、竹で海苔いかだをつくることになった。
小さいことから始めればスパイラルで大きくなる。人がだんだん関わってくる。例えば、漁師の真剣度が変わった。東京は半農半漁だったが、
そういう人が残っていて直売所をつくったら元気になった。企業がチャリティでアマモの植付け作業に寄付してくれた。
海でも情報交換ができる人のネットワークができてきた。
▼宍道湖周辺のヨシポット
今、生態系が狂ってきている。人間を支えている自然を壊してきたことの反省から、地域内にある竹という資源を活用して、ポットを作り、
ヨシを育てて、そのヨシポットを宍道湖の護岸に植え緑化活動を行っている。このヨシの浄化作用により水質の改善を試みている。
活動に参加してくれているのは、地元の小学生をはじめとする集水域の住民。
▼菜の花とバイオディーゼル
菜の花を上流域の住民がつくり下流域が廃油回収。それがきっかけで上流で菜の花栽培がはじまった。これがビジネスモデルとなるために、
中山間地の土地を、資源エネルギー化にむけて再構築し、その生産管理コストを誰が負担して、どう吸収できるかを検討している。
▼小原ダムの法面緑化
ダムによって、上流が生活被害をうけている場所で、ダムの法面の緑化復元を提案。国が自治体に金をおろしているが草刈面積だけなので、
それになりかわるように緑化復元に取組んでいる。下流域の子どもが学習で関わる。資材は上流の木で作った植木ポット。育てるのは、
上流域のどんぐりを上流の子どもが拾って贈呈式をする。育苗管理を、国土交通省が地元に対して委託し、
1万本の養生管理をして地域にお金が落ちている。
発芽率としては子どもがとるのはあまり役にたたず、発芽したものをポットに植え替え、養生したものを植栽する。国からお金が出る。
▼森林ボランティア急増
スポーツ感覚、社会貢献と両方満足できるから増えているのだろう。特にリタイア組みが急増している。
探しているのは次の自分の生きがいや居場所。そのために山の仕事はフィットしいていると感じる。そういう人は今社会で活躍している。
しかし地域の人はまったくそれに無関心。そこをつなげられないか。
地域は力が落ちている。産業も人間の力も。地域では子どもに、ここから出て行くの方がよいと教えてきてしまった。それが、
出て行きたい奴は出て行け、来たい人にきてももらおうという段階にきた。住みなおしの時代 コミュニティの構成をがらぽんしてもいいのでは?
。
リレートーク「楽しみと自然再生の境界」
▼楽しみ方について
ディズニーランドは金だせば楽しみを与えてくれる。
山村では例えば、きのことりが楽しくて夜遅くまでやっている。
狩猟も山の人にとって楽しみ。楽しみは全部自分たちでつくる
▼冒険遊び場協会
廃材をもらってきて自由に物を作る。間伐材使用など他の分野と関われると思う。
▼共感のテクニック
つくりこみをやって、恵みを享受して、だんだん誰かと分かち合いたいということになる。それをまた誰かが認める。
同じことを繰り返すうちに少しづつ変わってくる。そういう概念を分かりやすく共感してもらうにはテクニック必要。生産がともなわないと、
自然と人だけでは解決しない。
▼楽しみだけでは不十分
楽しみが大事というが、楽しいことだけやっていて自然再生になるか検証しながらしなければいけない。具体的にいえば、絶滅危惧種を守れるか。
「ナゴヤサナエ」という絶滅危惧のトンボは、河口部で羽化し、60キロ上流に飛んでいく。昼間3時頃羽化するが、
それは海陸風を利用して移動するためだと分かった。夏の風が移動最大の手段。微地形や気候が守られなければその生息環境は守れない。
ナゴヤサナエはその後、上流で産卵をして川を下って河口の近くで羽化をする。トンボのことを考えると、森、川、
田んぼなどそれぞれに保全整備しないといけない。山、川、境界を取り払わないといけない。そういう視点で問題解決していくことが必要。
▼棚田の再生
棚田は米をつくって金が入らないと守れない。そこを脇において、ボランティアではなんもならない。空想だ。
そこを行政がきちんと施策をつくらないと、解決にならない。その提言をしていかないと議論だけで終わってしまう。
▼その場・土壇場・付け焼刃(三つの場)
山村は「恐れて走る」の一歩手前。危険度でいうと80%くらいまできている。もうすこしで走る。早くなんとかしなければならない。サンバ:
その場・土壇場・付け焼刃
50年で、自然と関わる哲学がもののみごとにつぶされたのが、山村。「はずだ」論、観念論で考えようとする。山に入ると独断がある。
お前がやったんだろと。それが障害になる。私の考える自然再生活動は、「人の営みを継続しえる空間」。それがいかに、
潜在的な必然性を有するかを認識する。そのための求心力を何に持たせるかが重要。
▼ムラの楽しみ、ムラの存続
新しい経済が必要。お金の経済以外の経済がないと山村はなりたたない。例えば物々交換。「楽しみ」地域の暮らしを楽しむ。仕事で楽しむ。
仕事も遊びも楽しまないと続かない。その土地が好きでないと住めない。地域に生きる希望をつける。
水俣では最近胸をはって水俣といえるようになった。人は絶望と恨みだけでは生きていけない。人は希望であるき、恐怖で走り出す。つなぐ、
知る、おたがい役にたつ
▼物々交換
私の事務所には方々から旬のものが送られてくるのでそれを食べている。弁当買うより旬だしコスト的にもずっと良い。物々交換の基本は物流。
そのシステムを作ればよい
▼楽しみと 趣味、関心を広げる
竹をきって海まで運んできてくれた山の人が、自分の竹がどう利用されているかを見て喜んでくれるのが嬉しい。
前回の会議で和船づくりの棟梁をよんだが、その棟梁に船を作ってもらうために「一口船主」をほうぼうに頼んでお金を集めて棟梁に発注した。
こうすればまた棟梁は山の木をきって船を作ってくれる。つながりになる。
苦しみを楽しみにかえてやっていると、割と集まってくる人がいる。そのうちコンクリート護岸もとれるかなと思っている。
▼元気なムラ、コミュニティ再生
山村の人は、見える範囲のこの資源の広さの中で生活が成り立つという意識があるので、その資源をうまく利用しようと思っている。
先々まで段どりをして生活をしている。が、そういうものも壊れつつある。人間世界が、集落の組立てをしなければ。
元気な村がある。170戸900人のどんづまりの村。なぜ過疎にならないか。システムが鍵だと思ったら、その中で、
20くらいのグループがあって、さらに年代で分かれている。「楽しみ」を作ることがとても上手。その村のように、
人間側のコミュニティ再生をする必要がある。昔のような暮らしのありかたを見直すとともに、
ペレットなど今の経済でも通用するようにしていくことが重要。
▼食べ物から考える
食べ物でもの考えると色々なことが見えてくる。人間がとる、流通する、経済化する。
商品化しない流れと、商品化する流れがある。商品化しないで使うことによって間接的に商品価値となることがある。大抵のものは食えるが、
生物学的、物理学的な条件で食うもの、食わないもの、文化的な条件で食うもの、食わないものがある。食っていたものを食わなくなる、
というのが問題になっている。例えば、日本人は米を食わなくなっている。生産が必要なくなれば、田んぼがいらないことになる。
そういう状況で棚田まもれといっても破綻する。そこで、商品化しないでも価値に換えていくことができないか。
食を捉えるときに、世界の地域の環境とどう関係するのかという視点も、世界とのつながりが見えてくるのであってよいのでは。
▼美味しいモノは
いろんな生物が関わって物質が循環する。それを正して元に戻す。
ほうれん草のビタミンCの減少:路地栽培からハウス栽培、合成肥料などの使用量に比例して栄養価がさがっている。ミネラルも下がっている。
成分が下がっているのに値段は高くなっている。・これからの生活、人間は自然生態系と生きる。
リレートーク 「環境教育、情報伝達、ネットワーク」
▼地域に根ざした暮らし
横浜生まれ横浜育ち。自然の循環がない、地域に根ざしてないところに育った。そういう人は多くなっているとおもう。
地域の自然環境に根ざした暮らしは自分にはなかった。そこで自然再生といってもリアリティがない。近所には里山があり、
自分も保全活動に参加しているが生活に根ざしてない。地域との繋がりを何か作らないと本当に何も繋がりのない生活になってしまう。
地域に根ざす自然環境に根ざした生活、コミュニティ、そういったものがない人が多くなっている。
そういった状況と結びつけていくことで新しい地域のなかの循環ができたらいいと思う。
環境教育の分野では20年もフォーラムが続いているが現場で動く人の集まりはあまりない。そういう場が、地域ごとにできていって、
地域の活動をしている人が繋がればと思う。
▼世代のギャップ
高度成長も終わった頃にうまれたなので学校ではそれまでより良くなったと言われた。自分の田舎では「ここで昔は泳げた、しじみをとれた」
なんて聞いていたので、実体験ではないけど、守らなくちゃと思う気持ち持ちがある。
世代のギャップ感じる。今の子どもの親、自分たちの世代にもわかりやすいメッセージがあるとよい。
▼「聞き書き甲子園」
次の世代をどう育てるか。「聞き書き甲子園」というのをやっていて毎年100人が山村に聞き書きに行く。普通の高校生。
これまでの300人のうち80人くらいは森に関わりたいといいうことで、各地の山村に行って記録をはじめている。
環境教育では、きのこの菌うちなどから突然手ノコの使い方や調査になる。自然を見てその向こうの物語を読み解く、
そういう部分に高校生も一番関心があるのに、だれも教えてくれない。林業作業の話になる。
なぜここの自然がこうなるのか、という人がどう関わるかを誰も教えてくれない。読み解いていく能力を、
子どもたちに伝える方法を体系づけていく仕組みを考えていければいいと思う。
▼自由な場、サロン
田舎が山口で、自分の家の山を切り出して我が家ができている。
物流、人流、情報の流れが必要。人の流れが実は切れている。繋げる仕掛け考えた方がいい。拠点があると人のつながりができる。
「道の駅」は社会実験をして作った。川の駅はどういう定義がいいか確定していない。同じ流域で住む人がコミュニケーションしてない。
手をにぎって何かやろうかという話がない。今、ある流域で集まって話し合いをしているが議論は難しい。今は「町の駅」提案している。
海の駅は、浸透してきた。ここ3年で急速に変わった。
概念的には川・森・都市、同じ流域で考えるというのがモデル的にしっかり出来るとよい。
今は利根川流域に知り合いがたくさんいるので今構想をねっている。何かやりたいと思っているが、繋ぎをやる人がいない。
人を知っている人が圧倒的にいない。人の出入り自由な場、サロンが必要。
▼保険制度
保険制度のようなものつくれないか。都市住民が何がほしいかー「安心」「生存の保全」というのがマーケットになっている。
保険金 月々家族で5万円払っているとする。貴方の家族の生存権を保存するだけの棚田の米をつくる。あなたたちがもし災害があったら、
あなたたちの米はこちらで確保する、というもの。集落単位でそういう保険が出来ないか。それでお金がでないと、生活がきれてしまう。
金が動かないと米は作らず買って食うことになる。
▼半鐘とネットワーク
地震後に村の半鐘がなくなり村内の通信に支障がでたことがあったという。今は、伝えるものが誰から誰になのか希薄だ。
せっかく沢山の団体が集まっているので半鐘のように、一度に皆に伝わるものがあるとよい。
この会がどう発展できるかわからないが、横に繋がった滅多にない会なので、
素晴らしい人同士がつながりながら新しいコンセプトを出していければいいのではないかと思う。
切り口のキーワード
技術的再生の視点
・空間的に描写する(二次元)
・時間軸から描写する(三次元)
・物質に注目し描写する(栄養塩、ミネラル、・・・)
・断面で描写する(川と水と河床)
・モノと素材を空間で表現する(船と木と森)
・水の流れ、土砂の運搬、生物の移動、人の関わり(生業、狩猟、採取、遊び)に注目する。
組織の活力
・自立ができること、自信をもってもらうこと
・求心力のある取組み
・否定ではなく肯定しながらすすめる
・求心力が一番あるのは子どもなので子どもが中核に入っている。
・多様な主体が、肯定論でいくために子どもを入れる。
・相互理解 水の需給バランス 森のことを意識してもらう。
・風、水などをいかにコスト化するか。
・継続性の根拠として、「コスト負担をどうするか」を自然再生推進法で検討して欲しい
フィールドモデルを構築
・自分というモデルを設定する
・領域、空間の全体性、生活、食物からみた全体性。
・空間全体を保全する概念を構築する。
景観とは「生きる景観」と定義する
「境界」と「境界人」「境界緩衝域」「境界緩衝型生業」に注目する
組織を整える
・テーマ別に協議会等の推進組織を構築する
・支援組織の概念を再構築する
自然再生地域を開放する
・国有地ないの行政による再生事業
・国有地の専門家への開放
・国有地の市民への開放
・私有地の地権者による再生事業
・私有地の市民への開放
運動展開プログラムを開発する
・学校でのプログラムを構築する
・市民体験プログラムとして構築する
・エコツアー、体験ガイドコースとして構築する
・異なる主体の参画プログラムを考える
・再生のテーマや拠点を設定し、展開案を構築する
・ハードで解決するモノがあるかいなかを考える
自然再生の壁
・これまで構築した中のどの部分を壊すか、壊せるかを考える
・許認可の壁のどの部分を壊すか、壊すことで何を構築できるかを考える
・情報公開の徹底は、一番最初に企画を設けた人の名前を公開すること
・支援措置を考える
・委託、指定管理の検討を行う
・教育目的と総合学習の関係を考える
・モニタリングと管理をすることは最低限のマナーと位置づける
2006年02月01日 [レポート]