第1章 個人の生き方と環境問題 (協働公益活動の合意形成及び逆システム学による検証)

第1章 個人の生き方と環境問題

1.人の生き方と環境問題

日本は戦後、さまざまな改革を実施してきた。その中でも中核をなすのは、先進諸国に並ぶ経済発展であることはいうまでもないが、 ここでは、この間の市場経済の発展と、環境問題の関係を、個人の生き方と環境問題、及び、 地域共同体と環境問題という2つの視点から整理するための前提となる要素の整理を行いたい。
(1)経済成長の原動力は、統一された教育と農山村から都市への人材の流出だった。都市圏の拡大と市街化、工場の集積が進むなか、 産業技術の基盤を支えたチッソが有機水銀を放出し、50年たった今もさまざまな被害と事実認識の相違が残る水俣病を生んだ。 この水俣病を契機に、以降さまざまな公害訴訟が起こった。日本の環境問題の原点は、水俣とよくいわれるが、環境活動を始める人の原点も、 この水俣との出会いである人が多い。これが第一番目の関わりである。
(2)ついで重要な要素は、都市へ人材が流出した農山村である。戦前の人口と比較すると半減程度で済んでいる地域から、 集落機能が崩壊している地域まで、現在も人材の流出は進んでいる。過疎高齢化が進む農村村の現状は、 公害問題と対局にある人為の減少という放置により生じた環境問題である。ここでの危機は、管理不足から来る治山、治水機能の低下、 管理されていない棚田や人工林地の地滑りが、気候変動にともなう豪雨が重なり急速に拡大している。これが第二番目の関わりである。
(3)また、一見、平和に見える市街地では、行き過ぎた消費生活がもたらす環境負荷の増大や、 生活実感のない都市生活が生み出す社会の脆弱さが目立ち始めている。一部の研究者を除き、数年前までは、ほとんどの人々が信じなかった、 異常気象やインフルエンザが昨今猛威をふるい、その恐怖は、世界をふるえ立たせているが、その根元は、 まぎれもない都市化された過度な消費生活と、市場経済がもたらす豊かな生活の代償である。ここに、環境問題と個人の第三番目の関わりがある。
(4)そして、もうひとつの環境問題との関わりは、学生闘争や公共事業での立ち退き、反原発運動などに見られる反対運動や反対訴訟である。 この間、さまざまな訴訟や抗議運動が行われてきたが、これらの運動は、1992年を境に徐々に代案提示運動に代わり、現在は、 交渉のテーブルを設けた協働の場が設けられることが多い。これが第四番目の関わりである。
以上は、非常に、雑ぱくな分類であるが、戦後から今日までの、個人と環境問題に関わる重要な要素として、 以下のような分類を行い次項以降の検討の要素とした。
(1) 公害裁判の原告側と被告側、及び利害関係者
(2) 農山村で、戦後地域の維持活動を行ってきた農林家
(3) 過度な消費生活を行っている都市生活者
(4) 反対運動、環境運動、市民活動に携わっている人、及び、抗議、協議の対象である行政等が設けた協働の場
このような分類をすると、各分類に属する人数は、(3)が大多数を占め、(2)は、全国民の10%弱、(1)は、非常に少数であり、(4) は、昨今急増しているが、人数は、国民のほんの数%程度である。

図1の「セーフティーネットの再構築」は、農山村(2)と都市(3)の環境問題における課題を示した図である。 これまで社会システムは、市場経済を中心に構築されてきたが、もはや、都市においては、温暖化対策、省エネルギー、 3Rの推進や都市緑化等を推進しなければ、温暖化と資源の両面から、社会を持続させることができなくなる。
農山村では、生物多様性の危機、治山治水、食糧やエネルギーの自給率向上がもとめられているが、所得や経済的メリットがないため、 担い手ができず、農村の維持管理を行うことができない状況に追い込まれている。
この両者とも、市場経済中心のしくみ作りのゆがみであることは間違いないが、結果として生じているこれらの現象への対処が行われなければ、 危機は、ますます深刻になるばかりである。

第三章で引用する逆システム学では、この再構築のしかたを、セーフティーネットの張り替えと結論づけている。 この張り替えは容易にできるものではないが、今の日本社会には、 本質的な環境問題を解決できるようなセーフティーネットの張り替えがもとめられている。

図1 セーフティーネット
図 1セーフティーネットの再構築

政府の基本政策の転換を、セーフティーネットの張り替えを速やかに実現させる意味からも、国民に求められているのは、 自由な経済活動を行う利己的な個人ではなく、将来世代にわたり、社会の存続方法を選択できる、戦後とは異なる日本人、つまり、 公的な活動を主体的に行える新たな公民への転換が必要である。この公民は、公民権を与えられている意味での国民ではなく、 行政と連携した協働公益活動を行う新たな公民像である。


2.協働公益活動の主体

個人と環境問題の関わりは、個人と個人の関わり、個人と学校の関わり、個人と企業との関わり、 個人と社会の関わりを考えればわかるとおり、さまざまな選択肢がある。しかしながら、環境問題は、時々刻々、環境負荷を増し、全ての主体が、 環境配慮を内在化させないかぎり、だれかに、どこかに、しわ寄せがゆき、結果的には、すべてが自分自身に返ってくる。選択、 非選択とは異なる主体的な環境活動、つまり、生活自体の環境改善が不可欠であるが、強制されていないが故に、または、 隣人が行っていないが故に、環境に配慮しない暮らしが、日本社会全体で行われているのが実情である。
 典型的な例は、2005年、小池環境大臣が、Cool BIZ、クールビス、ウォームビズを立ち上げた際の、一部の経済界の反発である。 しかし、経済効果があるとわかると急速にマスコミにのり全国に広がった。つまり、ビジネスチャンスや家計の収支、 個人に直結した利害がない限り、他人事という意識が日本人と環境の関わりの平均的な姿である。 金銭中心であるこれまでの利害の意識から個人を含む地域社会の存続という意識に徐々に変えていかなければ、今のしくみは崩壊する。 この崩壊を避けるために、利己的な個人から、地域社会の存続を考える協働公益活動の創出が必要である。
協働公益活動は、日々の暮らしの場での環境活動の提案である。足下の暮らしから目をそらし、 他所での活動や他の環境テーマの活動への参加ではなく、暮らしの場で、行政と協働した公益活動のが前提である。 自分の住んでいる地域を見つめ直し、コミュニティーとの関わりをつくり、コミュニティーが有している環境課題の中から、 自分に合った活動を主体的に担う活動である。このことは、環境活動だけではなく、希薄な人間関係から生ずる犯罪や悲惨な事件の予防、 人間性の回復にも有効に機能する。この協働公益活動は、個人と行政、及び、コミュニティーとの協働作業である。その公益活動の契機は、 次項のワークショップ手法により形づくることができる。

図2 合意形成
図 2 社会的合意形成


3.利己的な個人と共同体の意識

地域社会では、さまざまな個人が生活をしている。この個人の意識と地域共同体の意識を、 各地のワークショップ等を行った印象から図示すると、以下のようになる。
共同体の運営者である区長や公民館長、自治振興会や地域団体の事務局の意識は、共同体として担わなければならない役務に関心が集まっている。 しかし、共同体を構成する各個人の関心は、個人個人さまざまで、男女、年齢、仕事、趣味等によって、個人個人で同一であるわけもなく、また、 その個人で構成される共同体自体も、他の共同体とは、性格を異にする。これまで調べてきた地域の中で、隣同士の地域共同体の性格は、 数個先の地域共同体の意識とは似ていても、隣同士は、正反対であるケースが非常に多い。これは、隣接しているが故に競争と区別、 隣とは違うという心理的な作用が働くようである。地域共同体の意識は、沢ひとつ、斜面ひとつ、字ひとつ違えば極端に異なるケースが多い。

図6 集落の方向
図 3 共同体の意識

4.環境政策を担う地域共同体

地域共同体の分類
個人の意識は、個々人により異なるが、一方で、地域共同体は、個人と異なり、いくつかの分類が可能である。農山村にある集落を、 市街地の自治会等と比較した場合、都市近郊の集落、中山間地の集落、諸島の集落など、それぞれの集落は、 風土や地域性によってさまざまな特性がある。これらの集落に共通している特徴のひとつに、農山村の集落は、 市街地とは比較にならないほど広大な森林、農地、雑種地などを保有している点がある。
この土地の管理は、市街地においては、個人管理の宅地建物以外は、ほぼ、行政が公的に管理を行っている。住民は、私有地以外の道路、河川、 学校、その他の公共施設等を管理する意識も義務もない。
一方、広大な農地、山林、雑種地等を民地として保有する集落においては、住民と行政の役割は、市街地と異なり、行政は、市町村道(国道、 県道)と災害等による被害に対して復旧作業の一部を行うが、この作業自体も、場合によっては、行政が住民に委託を出して行うなど、 地域共同体内の維持管理は、基本的には、住民自身が負っている。この点に、 市街地と地域共同体における住民と行政の関係に基本的な相異がある。

地域共同体における維持管理
地域共同体の維持管理は、自治組織がこれまで行ってきた。しかし、この維持管理が行えないほど、人口が減少し過疎化が進んだ場合には、 集落崩壊の危機が高まる。一方、行政側から見ると、崩壊の危機が訪れたとしても、市町村の総面積は、人口及び自治体の職員や機構に対して、 市街地とは比較にならないほど広大である。集落崩壊が拡大したとしても、自治体が管理を行うことは不可能である。

自治内容の区分と地域共同体にもとめられている機能
以上のような観点から、自治組織、コミュニティーの機能によりこれまでの自治区(字、区、集落) の区分を考えると以下のような分類を行うことができる。言い換えれば、地域社会における個人と環境活動との関わりや合意形成手法は、 この区分により異なる方法が必要となる。

(1) 市街地の自治体が地域の維持管理を行い、地域住民は、地域の維持管理に直接関与していない場合
(2) 市街化の影響を受け、地域の維持管理機能が低下している場合
(3) 地域の維持管理機能が、正常に働き、コミュニティーが健在な場合
(4) 地域の維持管理機能は、働いているが、本業が地域外であるため、時間の調整が難しく、個人負担が限界に達している場合
(5) 集落崩壊に近い状態にあり、住民が地域の維持管理を放棄した場合

上記のそれぞれの特徴は、以下の通りである。
(1) 市街地の自治体においては、行政の関与を前提として、行政サービスの変更、地域内への公共工事や施設の設置、 街並み景観に関する条例等の検討を行える地域
(2) (1)に加えて、共有地、公民館、これまで共同で行われてきた共同作業や、地域行事の検討、自治施設、共有施設の設置、 社会教育の検討を行える地域
(3) 特徴ある地域づくり、農林漁業の生産方針、生業の調整、水道、道路、水路、施設、消防などの維持管理、学校行事、社会教育、 防災までのさまざまな調整を行える地域
(4) 上記(3)の内、生活に直結した事項が残り、森林、河川、水路、防災に関する対策がとれなくなった地域
(5) 本来(3)の機能を果たしていた地域であるが、個人の農地、屋敷に関わる道、水路、施設のみの維持管理が行われ、 他の作業は行われず、荒廃が急速に進んでいる地域
以上は、各地を訪問する中で感じた地域特性毎の特徴であるが、地域がどのような状態にあるかにより、個人、地域共同体の関心と意欲、態度は、 大きく異なることになる。

地域共同体を構成する個の集団
上記区分は、地域共同体を構成する個のバランスの点においても大きな違いがある。
市街地では、一次産業を営む生産者は、少数で、二次、三次産業を中心に、自営業と会社員が中心的である。人口ピラミッドも、 日本の平均的なデータに近くなる。
市街地とは、対照的に、農山村の地域共同体では、一次産業(兼業農家)が中心となり、高齢者の割合が高くなる。また崩壊集落に近づくと、 高齢農家のみが残り、他分野の住民は、集落を離れてゆく。
ここでは、(3)の一般的な地域共同体を前提として、地域共同体と個の関係についてふれてみたい。
コミュニティーが存在し、地域の維持管理作業が行われている地域共同体では、さまざまな個人が居住し暮らしを営んでいる。高齢者の大半は、 農業を営み、山林の管理、川、海などの漁や自家用の食品加工などを業として、または、自給用に行っている。
この内、壮年期の夫婦は、兼業農家として、地区外に勤めに出ているケースが非常に多い。役場、農協、漁協、土木関連、教員、郵便局、商店、 酒屋は、どの地域でも定番の職業である。地場産業が残っている地域や観光資源のある地域では、木工所、大工、民宿、 雑貨店などもよくある職業である。
こども達は、小中学生までは、両親とともに暮らしているが、高校以降は、近くに適した学校がないため地区外に出るケースが非常に多い。 問題は、そのまま都会に出て、地域に帰る動機がなくなることである。農林水産業以外の仕事は、役場勤務等の空席がない限り、 地域にもどってこない点にある。集落を構成する個は、このような傾向から、以下のように分類して考えると、 個と集団の特徴を把握する上で参考になることが多い。

・高齢者の男性:農業従事、狩猟採取、水の経路、堆肥、燃料、百の智恵
・高齢者の女性:農業従事、食品加工、食文化、信仰、衣食住の智恵
・壮年期の男性:地区外へ勤務、関心と技術は人による
・壮年期の女性:農業従事、又は、地域内外でパート、芸能や趣味の活動
・青年期の男性:公務員、教員、JA、郵便局、大工、民宿経営など単一の職業と趣味
・青年期の女性:地域内外でパートなど単一の職業と趣味
・少年少女  :小中学校までは在所、以降、都市へ

また、勤務先が行政やJAである個人が地域共同体にいる場合、地域によっては、個人が多様な役割を果たすことがある。同様に、名士、 地主、神主、住職、校長は、封建的な家父長制が残る地域共同体では、その特徴やリーダーシップの取り方、意思決定のしくみが、 異なる傾向がある。
 このような個の集団は、かつては、家父長制や区会など、頻繁に開催される会合等で、集落の情報は、 良くも悪くも一元的に管理され情報の共有が行われていた。しかし、現在は、うわさレベルの情報の共有は非常に早いが、 基礎的な情報の共有が行われておらず、共同体として機能していない場合が多い。


5.集落の形、自然環境と文化のしくみ

個々の集落のできた歴史は、集落ごとに異なるが、それぞれの集落は、いずれも、水源を持ち、その水量によって、集落の戸数、 水田の大きさと枚数、畑、家畜の頭数などが、自然環境の中で必然的に定められてきた。各集落の大きさは、長い時間をかけて、自然に淘汰され、 その結果として、昭和30年代頃まで、各地で見られた姿を作り出していた。一部の例外は、疎水等の事業により、水の経路を変えたことで、 戸数や水田の面積は、その疎水量の分だけ拡大した。本来、その集落で活用できる水量は、集水域の大きさと雨量、 地質等によって定まっていたが、それらの水使いの仕方は、長い歳月を経て、治山と治水を巧妙に調整し、溜池と水田水路、家畜と堆肥、 里山の関係は、地域の気候風土に応じた活用方法を、経験則に照らして調整されてきたしくみである。
このしくみは、伝統的な農作業、農事暦等に、智恵や技術が刻まれているが、その継承者が不在のまま、もはや、消えようとしている。
その一方で、文化の継承は、人間国宝や伝承芸能に見られるように、その芸能的な形だけが保存されている。しかし、本来の伝承芸能は、 形の背後にある意味にあたる技術や智恵、喜びや悲しみを継承しないと、伝統の価値は、人々からますます遠ざかっていく。 長い歳月をかけて継承されてきた地域の自然環境、地形と暮らしの関係や、人が自然に働きかけ構築してきた文化の基本的な情報が、 失なわれている所以である。

災害と生活文化の智恵
この智恵とは、一見たいしたことがなさそうに見えるが、山の中の水の経路が変わると、その下の集落に大量の水が流れこむように、 風や水の道は、日本の急峻で繊細な地形、台風等の自然が作り上げてきた地形であるため、地形とのつきあい方がおかしくなると、たちまち、 災害は大きさを増す。戦後から今日まで、現在の高齢者の何気ない所作が、各地域の維持管理を行ってきた。しかし、 壮年層が継承していない風土と土地と水のしくみが、今後の大きな課題となってくるはずである。このことに気づき始めた集落の活動と、 気づいていない集落の活動とでは、今後、大きく地域の環境政策が異なってくることになる。
この検証は、2005年より、琵琶湖博物館の館長 嘉田由紀子氏が、 国土交通省からの委託を受けて始めた河川の氾濫等の災害現場の聞き取り調査によって、徐々に解明されことになろうが、 全国各地を訪問するなか気づくのは、起きた災害の箇所とその原因を、住民から聞き取ると、前記した自然との関わりや、 水の経路の変化が浮かび上がってくることだ。何気ない、些細な所作、または、不作為が、水の経路を変え、災害へと発展しているケースが多い。 地域共同体を構成する個と個の集団としての共同体のありようは、これらの基礎的な情報の共有を行えるか否かで対応が異なることになる。

民俗学者のまなざし
民俗学者の宮本常一は、「民俗学の旅」の中で、旅立つ前に父から送られた言葉を記している。はじめての地域に訪れたら、 以下の点に注意して地域を見つめよと指摘した言葉だ。
・田畑の作物、作物の育ち具合、家の大きさ、屋根瓦、草葺き等の違い、人の往来、服装
・高いところから、見渡し、方向、目立つもの、お宮、神社、家のあり方、田畑のあり方、周囲の山々を見る
・名物や料理を食べることで、暮らしの高さ知る
・時間のゆとりがあったらできるだけ歩いてみる、いろいろなことを教えられる。
などである。自ら住む土地のことを知らずに、現代人は生きている。そのことを象徴する話は、先日、高知で見た不幸な地域である。地名は、 「沖」。水の中という意味だ。この沖は、もともと深田だったが、ある農家が大きめの耕耘機をおくためにやや立派な農具置き場を建てた。 その小屋を見て、住宅開発会社が、ここには家が建てられるのかと考え、土地を買収し、土を盛って、宅地として販売した。しかし、 住宅が建って、数年、土地は徐々に沈み始め、いまでは、周辺河川より土地が低くなった。もちろん、年に数度、浸水している地域である。 これは、笑い事のような話だが、いかに、人は、土地との関わりを捨て、市場経済と金額の高い安いで物事を見ているかを象徴している。 同様のことは、地域を見つめ直すと、さまざまなことが見えてくる。農山村・里地里山に住んでいて大切なことは、一人ひとりが、 自分と地域との関わり、風土と関わる生活感や自然との距離、自然との関わり方、自然が作り上げてきた風土と、これからの変化を知ることだ。 「調べた人しか詳しくならない。だから自分で自分の住んでいる地域のことは調べる」こういったのは、水俣市で、 環境の再生を住民と共に創った吉本哲郎の言葉だ。地域共同体で、既に、環境や防災に対する十分な意識を持っている地域は良いが、 備えのない地域は、以下のような意識形成を行う必要がある。このマトリックスは、筆者が、ここ15年ほど、実践型の集落ビジョンの策定や、 公益活動の実施を促進させるために、行ってきた手法を、図示したものである。実施にあたっては、さまざまな配慮が必要だが、ポイントは、 大きく3つのフレームから構成できた。

図7 共同体の意識形成過程
図 4 共同体の意識形成過程

一番目のフレームは、これまでの自然や文化、生業や課題、集落の暗い感情(玉井袈裟男1980)等の把握である。この把握には、 地元学(吉本哲郎1995)の手法をもちいて、地域共同体内に呼びかけ、極力全員で、地域調査を行うことである。老若男女を問わず、 行政や外部の専門家、学芸員、デザイナーなどが加わることで、地域調査の内容は濃くなる。
第2のフレームは、調査内容から住民のニーズを掘り下げ、暗い感情を反動として、ビジョンを描くことである。その際のビジョンは、 絵に描いた餅ではなく、共同体において現実に数年間で実施する内容をビジョンとして表現することである。この手法は、四面会議法(岡田憲夫・ 杉万俊夫・平塚伸治・河原利和2000)が優れている。
第3のフレームは、共同体の封建的なしくみから、智恵と技術を学び活用し、古い制度やしきたりは、 新たな共同体の動くしくみや組織に変えることである。この3つのフレームが、できれば、共同体は、調べた住民が、自らの意思に基づいて、 それぞれの嗜好にあった活動に参加する形で、実現することができる。

2006年02月04日 [レポート]

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