第2章 合意形成と協働公益活動 (協働公益活動の合意形成及び逆システム学による検証)
第2章 合意形成と協働公益活動
合意形成とは、環境問題や国際紛争の解決、迷惑施設やまちづくりに伴う住民合意等、これまで行われてきた公共事業、公共政策から、 先端科学技術の利用の可否など、社会的意思決定の質の改善、実施根拠である正当性の改善が求められてきたために、1990年以降、 急速に広がってきた概念である。さまざまな合意形成の試みは、対象とする政策領域、利害関係者の広がり、最終的な社会的意思決定との距離、 必要とされる情報・知識等に関しては多岐にわたるが、ここでは、まず、さまざまな合意形成手法の概念整理を行い、その機能を明確にしたい。 なお、合意形成に関する専門的な検討は、特定非営利活動法人 PI-Forum(ピーアイ・フォーラム)を一読いただきたい。(さまざまな専門家の議論がこのサイトの中で報告されており、 著者自身も加入希望の予定である)
1.合意形成の用語
「パブリックコメント」 国民の声を反映することを目的として行う意見募集
「パブリック・インボルブメント」」 様々な市民やステークホルダーとの関係構築技法
「パブリック・アクセプタンス」 科学技術の受容を社会に求めるときの技法
「パートナーシップ・インキュベーション」 関係者の関係構築支援の技法
「コンセンサス・ビルディング」複数の交渉事項について多数の利害関係者が交渉するプロセスの流れの構築技法
「コンセンサス会議」科学技術利用に関して、陪審制度同様、素人集団を形成し、専門家の意見を聞き、
提案書の作成を行う会議技法
「パブリック・イニシアチブ」 市民による提案・発議
「参加型まちづくり」 ワークショップ等を通じて、都市計画の作成、実現、運営に様々な主体が関わる活動。
実施者毎に異なる名称を付けているケースが多いが、地図、写真、カードとポストイットを組み合わせ、
参加型のワークショップで行う形式が一般的である。
1.合意形成のこれまでの経緯と概況
パブリックコメント・パブリック・インボルブメント
道路整備5カ年計画に国民の声を反映することを目的に1996年より行われた意見募集。
その後、高速道路、幹線道路、コミュニティ道路の計画において実践され、コミュニケーション型国土行政の創造(1999)、
公共事業の説明責任向上行動指針(1999)、道路計画合意形成研究会提言(2001)、市民参加型道路計画プロセスのガイドライン
(2002)などの指針やガイドラインが策定され、参加型の社会資本整備や公共事業を推進している。(石川雄章2005)
河川管理
1990年代前半から、利害関係者のカテゴリー化と各々に即した取り扱いを河川管理に導入するため、
住民等の参加方法に関する実験が行われた。特に、東京都を流れる荒川の河川敷の例では、
スポーツでの利用と自然保護に関心を持つ関係者との利害対立があることがわかった。さまざまな試行調査を通じて、河川法の一部改正等、
参加型川づくりの手法が制度化された。
都市計画
都市計画決定においては、意見書の収集や公聴会等の開催が法定されている。また、都市計画マスタープランの策定にあたり、
公聴会等を通じて住民の意見を反映させるための必要な措置を講ずるとされているが、この両者ともあまり機能していない。
それに変わる手法として、「まちづくりワークショップ」が開催され、ワークショップの成果が、まちづくり条例等によって実現される例がある。
公共事業における用地買収
公共事業における用地買収の大部分が任意買収によるものである。「足繁く説明を重ねるとともに、制度の柔軟な運用を通して利害の調整を図る」
ことが、これまでの合意形成とされてきた。しかし、最近では、公共事業計画の初期の入口段階で十分な社会的合意形成を図る代わりに、
出口段階では収用制度も用いて迅速に進めるようにしたいという動きがある。ここ数年、公共事業費の削減傾向が強まり、
地元での社会的合意形成を公共事業の前提として設定されはじめている。
道路整備と交通政策
トランスポート・ディマンド・マネジメントは、交通政策の社会実験である。
車の乗り入れ規制や違法駐車対策の強化、パークアンドライド計画などが実施されている。
コンセンサス・ビルディング
複数の交渉事項について多数の利害関係者(ステークホルダー)が交渉するプロセスの流れを、以下の6つのステップで運営する手法である。
1. 利害関係者を特定し、各関係者の利害や能力、そしてコンセンサスに基づく合意形成の可能性を評価する。
2. コンセンサス・ビルディング・プロセスを実施するかしないかを判断し、わかりやすい目標、規約、作業計画、
スケジュールを設けた上でプロセスを開始する。
3. 共同事実確認(joint fact-finding)を用い、科学技術や事実認識に関係する疑問を解消し、
現実的な代替案の検討作業に利害関係者を集中させる。
4. 利害関係者による審議(deliberation)のプロセスを運営・管理することで、
技術的に適切でかつ政治的にも受け入れられる合意案の発見可能性を最大化する。
5. コンセンサスによる合意を追求する。全員一致の同意が難しい場合はできる限りコンセンサスに近い合意を形成する。
6. 実施段階においても、必要に応じ利害関係者が合意条件を再確認、再検討する機会を設ける。
コンセンサス会議
先端科学技術の利用は、遺伝子組み換え食品の例で見ればわかるように、一定の不確実性が不可避である。
このような科学技術の利用を行うか否かに際して「一定の方法で選ばれた素人のグループを設定し、
そのグループの求めに応じて専門家が応答する機会を設けた上で、当該グループに一定の結論となる文書を作成させる」
社会的合意形成の手法である。
参加型まちづくり
住宅地、公共施設、街路空間、公園、街並み等の都市の計画の作成、その実現及び運営に、住民、
市民を中心に専門家等の様々な主体が関わる活動である。
「まちづくりワークショプ」「まちづくり協議会」、「まちづくり会社」「まちづくり条例」等、
地域特性や関わる専門家等により異なる名称を用いているが、以下の3つの技術が盛り込まれ、それぞれが、詳細な技術をもっている。
(饗庭伸2005)
1)主体間のコミュニケーションの技術
2)他の主体を認識し、社会的な主体として位置付ける技術
3)多くの主体の活動をマネージメントする技術が生まれた。
これらの技術は、緑地の問題、日照権の問題、部落改善の問題などで展開された。
また、まちづくりの仕掛人側から見た政策の立場は、以下の4つに分かれる。(饗庭伸2005)
1)多元主義重視の立場:多元社会を前提に、公共政策の意思決定の過程に対して、
個別のセクターが等しく意見を表明することができる政策立案、評価のプロセスを充実させる立場。
2)代議制重視の立場:地域社会は代議制システムにより代表されるという原則的な考え方に基づき、
コミュニティの意志をくみ取る代議制システム(議会)を充実させる立場。3)自由競争重視の立場:自治体の役割を縮小し、
NPOや市場セクターが競争しながら公共サービスに取り組める環境づくりに専念する立場。
4)協働重視の立場:地域社会の中に戦略的にパートナーを見つけ、パートナーを中心とした「まちづくりシステム」を構築し、
計画の作成から事業の実現までをパートナーと協働で取り組む立場。
3.合意形成の手法とポジション
前項で記載した通り、合意形成の中心は、河川、道路、公共施設の建設、設置に際して利害関係者間の合意を取り付ける手法である。また、
科学技術利用の是非の国民の社会的合意形成のひとつの手法としてのコンセンサス会議も、この範疇で議論されることが多い。唯一の例外は、
参加型まちづくりの技法であるが、これは、都市計画の住民の意向調査の延長線上にあるものから、住民参加、
住民の行政への参画を導き出そうとする試みまで、地域や実施者によって、その内容は多岐にわたる。
この合意形成手法の内、住民の参画をもとめる参加型まちづくりの手法の一部を除いては、決定された公共事業、ないしは、
利用を前提とした科学技術に関して、地権者、利害関係者の合意、または、国民の社会的合意を形成しようとする取り組みである。
アセスメントの実施や、公聴会、アンケート調査と結果報告なども、同様の範疇にはいる部分がある。
この手法の限界は、計画策定後に合意を取り付けることにある。このため、合意の前提として、高額な補償が準備されている点も、
補償の対象者と非対象者間でのトラブルの源になっているのもこの特徴の一つである。
しかしながら、公共事業により、地球温暖化対策や、農山村の荒廃、里地里山の保全が図れないことは自明であるが、これに変わる措置は、
法律による義務づけか、国民の主体的な意思に基づく活動を促進する方法がある。この両輪で行なうことができれば、即効性を期待できるが、
ここでは、国民の主体的な意思に基づく活動を促進する方法の検討を、行うこととした。
図5の合意形成の手法とポジションは、上記の合意形成手法の位置を示したものである。個々人の活動は、利己的な個々人の活動ととらえ、 縦軸である「国民の主体性-公共政策」の国民側に、横軸である「公的活動-私的活動」では、私的活動側に位置づけた。この私的活動を、 公的な活動に転換させる方法として、「地元学」の実施を位置づけた。この実施により、地域共同体の活動方針を定め、その活動への、 行政側の一部支援により、公的な活動を主体的に実施するしくみをめざしている。
一方、これまでの合意形成(パブリックインボルブメント等)は、行政側から住民、地権者、国民側へ、公共政策の実施を前提に、
政策の実施に関わる利害関係者を特定し、その利害関係者との意見交換を行う形で行われてきた交渉手続の手法である。
しかしながら、構造改革が進み、財政削減が深刻に議論されはじめたことから、利害関係者との事前の合意が、
公共事業の実施の前提条件とする動きが一部現れている。
この事前の合意形成や、質の高い公共事業、次世代への社会の継承を前提とした社会的合意形成は、筆者がもっとも強く望むところであるが、
これからの公共事業が、地域毎の見直しを前提として、地域共同体の意思に基づく主体的な施策を自治体がくみあげ、行政が、
新たな公共事業の枠組みを設け実施するしくみ、例えば、地域共同体と自治体、県、国との協働公益事業というような形で実施できれば、
公共事業は、住民による「事前の包括的な合意」のもとに、計画から実施まで、迅速かつ少ない予算での実施が可能となる。
この手法は、公共事業等の素案段階で、地域共同体において、地元学等のワークショップを実施し、
地域共同体における包括的な方針を前提として、公共事業を協働公益活動として位置づけ、住民と共に実施する方式である。
この手法の具体的なしくみは、第3章の逆システム学の考察の後、第4章にて詳しくふれることとする。
4.地元学による合意形成事例
以下は、各地の地元学による合意形成と協働公益活動の概要図である。
新潟県佐渡市野浦地区における協働公益活動と地元学
佐渡市野浦地区は、世帯数40戸、住民160人の本土に面した急峻な地形の集落である。かつて、
トキがエサ場とした標高200m~400m地帯の棚田や沢と、眼前に広がる日本海に面した半農半漁の集落である。兼業農家が中心で、
専業農家は数戸のみである。この地域共同体は、かつて、地味な集落と言われていたが、
伝統芸能である文弥人形の一座を立ち上げたことを機会に、島内で有数な活性化した地域として評価された地域共同体である。
それがあった上でのこの野浦地区の地元学の特徴は、以下の点にある。まず、住民全員が、地域調査に参画したこと。そこから、
自分自身と地域の関わりを再確認して、各個人でできることを、無理なく、個人作業、ないしは、協働作業として実施しはじめたことにある。
この手法に自信をもった、野浦区は、公民館活動として、4つの常任委員会を設置し、常時、地域を見つめ直す委員会、
外部との交流を進める委員会、トキのエサ場や産品開発を行う委員会、芸能活動を推進する委員会を立ち上げ、今日に至っている。
この明確な地域ビジョンに対して、行政は、野浦区の特徴にあった事業を、行政と地区との協働事業として位置づけ実施し始めている。
(実施年度:1999年)
図 6 地元学による合意形成(事例1 野浦地区)
新潟県佐渡市久知河内地区における協働公益活動と地元学
野浦区のある本土に面した前浜海岸から600mの小佐渡の山を越えた反対側、両津港側にある久知河内集落は、
久知川に面する全戸の先祖が僧侶という集落である。この集落の戸数は、27戸約100人の小さな共同体である。
この共同体の中心を流れる久知川では、10年ほど前からホタルが発生し始めた。
このホタル保護してホタルの里として地域づくりをおこなってきた集落であるが、高齢化が進み、空き屋と高齢者対策が課題であった。
この集落では、野浦の例を見た新潟県より、地域ビジョンの策定の依頼を受けた。これまでの行政主導のビジョンではない、
住民自身によるビジョン作成のコーディネートを頼まれたため快諾した事業である。この集落でも同様に、地元学を全戸参加で実施した。
その結果わかったことは、住民自身の課題は、高齢化と戸数の減少である。一方、ホタルの発生により、多くの観察者が、
地区を訪れることの喜びを知ったこの地区では、この2つの課題に先がけて、久知川に魚道を設置し、
鮭が集落の上に上がってこれるようなビジョンを作成し、住民自身でできることをまず行なうという方針を固めた。このビジョン作成は、新潟県、
佐渡市(当時、両津市)の職員が事務局を担っていたため、住民、公民館、佐渡市、新潟県のそれぞれできることをお互い分担し、
2005年より、15ある堰に下流より順次魚道を設置する方針が固め現在工事に着手している。この計画の後、環境省、農林水産省、林野庁、
国土交通省、新潟県、佐渡市等で計画を策定していたトキの野生復帰ビジョンにもこの内容が反映している。ひとつの事前の包括的な合意形成が、
形となった例である。(実施年度:2002年)
新潟県佐渡市城腰地区における協働公益活動と地元学
その翌年の2003年、隣接する城腰地区において、同様に、新潟県からの依頼に基づいてビジョン策定を行った。世帯数は、
25戸住民100名程のもと城下町だった小さな集落である。この集落でも、同様の地元学を実施し、「暗い感情」(玉井袈裟男1980)
と四面会議法(岡田憲夫・杉万俊夫・平塚伸治・河原利和2000)によって、計画づくりを実施した。暗い感情は、高齢者対策、
独居老人への介護と空き屋対策、そして、希望は、外部との交流で活気だった街なみだった。この集落では、空いている蔵に不要な民具、
農具を集め、蔵を民芸館として改修し、そこで健康茶を出すこととなった。健康茶の開発は、婦人会が行い、開発されたお茶は、
高齢者間の交流をかねて老人会が出し、外部からの交流者をもてなす。また、交流者のために、ガイドマップを作成し、
この蔵で配布するという計画である。ガイドマップの制作は、交流をかねてデザイン学校の学生を誘致し、デザイン画を作成してもらい、
マップの仕上げを行ってもらった。この事業でできた「こいっちゃ城腰マップ」は、
新潟県の観光部局や佐渡汽船等で地域紹介として活用されている。(実施年度:2003年)
愛知県美浜町における協働公益活動と地元学
美浜町は、知多半島の中腹、伊勢湾と三河湾の両方に接する砂浜と里山の町である。防風林として保護されてきた里山は、開発されず、
無数に点在する溜池と共に残されてきた。この町の布土地区で、まちづくり協議会を中心とした地元学を実施した。参加したのは、
協議会の幹部メンバーと友人知人の30名程度と役場職員10名、
外部からは地元学を提唱した吉本哲郎氏をはじめとする専門家数名での実施である。調査結果は、全員が、地域の風土や自然環境を把握したこと。
その内容を伝えるフォーラムをキノコ狩りハイキングと報告会という形式で実施し、800人の集落から300人が集まった。
名古屋への往復とスポーツ等が中心だったこの美浜町の住民は、里地里山活動や地域の足下を見つめ直す活動を開始した。実施後、
炭焼活動と里山保全が始まり、2005年全国里山シンポジウムが、美浜町で行われた。この間、町民の森づくりをはじめとして、町政では、
里山と、健康、安全安心な農産物の販売拠点などの整備が行われた。これも、地域共同体と連携した協働公益活動の一種である。
(実施年度1998年)
神奈川県城山町小松城北地区における協働公益活動と地元学
城山町での取り組みは、神奈川県環境農政部が所管する「里山づくりモデル事業」の実施地域である。この協働公益事業では、
県と城山町が事務局となり、地域共同体、及び、地域団体が中心となり活動方針を作成し、県のモデル事業としての里山整備活動を開始した。
2004年、同メンバー30名が地元学調査を行い、その結果を元に、里山を守る会と事務局にて、整備方針を固め、県と市は、
資材費と人力を出し、地域団体は、保全作業を実施した。この協働公益活動は、神奈川県と城山町としては、地域共同体との協働事業、
住民主体の公共事業構築のモデルケースである。(実施年度2004年度)
新潟県佐渡市では、野浦地区、久知河内地区、城腰地区をはじめとして、月布施地区、片野尾地区、小学校区の5集落など、 さまざまな地元学と計画策定、及び、保全活動を実施してきた。それぞれの活動は、いずれも振りかえれば、 行政と地域共同体との協働公益活動である。この内、県や市が主体となり、また、私がアドバイザーとして、参加した事例が、 新潟県の3事例と次頁の城山町である。愛知県美浜町は、私がはじめての地元学を実施した地域で、その後、 ことある毎に活動のフォローを行っている。この他、地元学、計画作成、行政と地域共同体の協働公益活動は、秋田県二ツ井町、岩手県湯田町、 山形県戸沢村、福井県武生市等で実施している。また、地元学の実施のみでは、三重県の自治会館組合(市町村職員研修で、 2000年より毎年8地域程度で実施)が、最多で、その他、数十カ所での実施例もある。