第3章 逆システム学と協働公益活動 (協働公益活動の合意形成及び逆システム学による検証)

第3章 逆システム学と協働公益活動

1.逆システム学とは

「逆システム学」(金子勝・児玉龍彦 2004)とは、新たな現象の本質に迫る方法論である。諸科学の現象の本質に迫る方法論は、 これまでの二つの相対立する立場があったが、これに変わるものとして、同書で紹介されている。
これまでの二つの立場は、言うまでもなく「要素還元論」(本質的な要素を抽出し、個別の要素から理論を組み立てる方法論)と「全体論」 (個々の要素を規定する本質的な構造を規定し、理論を組み立てる方法論)である。
この二つの立場で説明できないさまざまな現象に関して、逆システム学では、明快な方法論を示している。特に、本稿では、 地域共同体における事前の合意形成と環境政策の構築を論旨とするため、生命科学と市場経済用語の引用は極力避け、 諸科学に共通する事象として解説されている部分を中心に逆システム学の骨子を引用させていただくこととした。

対象となる現象
これまでの要素還元論や全体論では、「要素が増えるにつれて増大する」「たくさんの要素からなる複雑なしくみを取り扱う場合には、 個別の要素から理論を組み立てる方法論」では、「羅列的にならべるだけでは、膨大な情報に途方にくれ」、また、 「ひとつの要素が異なる二つの反応を起こすような場合の説明がこれまでの方法論ではできなかった」。
逆システム学は、「個と全体を結ぶ中間領域にある制限、調節制御のしくみに注目した。そして、そのしくみは、〈制御の束〉と 〈多重フィードバック〉によってできていると規定した。むしろこの中間的な領域にこそ、 市場経済や生命体の本質が宿っていると考えたのである。 実際多重フィードバックがこわれてしまうと市場経済も生命体も維持することができないからだ」

現象の把握の仕方
「逆システム学の「逆」は、演繹的にシステムを定義するのとは異なる立場を意味している。つまり、 それは制度の束が持つ調整制御の多重フィードバックを帰納的に実証することによって、生命体や市場経済の全体像を明らかにする方法である。・ ・・さらに、・・・変化や進化という動態(歴史)の内的プロセスを明らかにできる。」

調査のポイント
「さまざまな実験や、経済政策の結果から、いかなる制御系が働いているかを明らかにしようという考え方」に立ち「いつ、どこで、 調節制御が働くか、調節制御のしくみができてくると、調整によって環境変化に適応できる範囲がひろがる」。つまり、調節制御のしくみは、 時々刻々と進化している生命科学や市場経済のしくみを対象とすることができる。

要素還元論と全体論の解析方法
「経済学の領域では、個人や個別の企業が自己利益を追求するだけで、市場経済が自動調整的に均衡に達するモデルとして一般均衡論が完成し、 セントラルドグマとなった。」このような現象と結果が、対応するようなケースで要素還元論や全体論が機能していたことになる。このことは、 「「利己的な遺伝子」が、自分の利益や満足度を最大化しようと活動することで、競争市場が自動調節的に均衡に達する。 市場経済の自律性を根拠に、普遍的なモデルとして適用されてきた。」というように、要素還元論や全体論は、 あくまで解析可能な現象と到達結果を示す方法論であり、非市場的な諸制度の検討に役立つ方法論ではない。

非市場的な諸制度の取り扱い
この市場経済の「モデルから排除された非市場的な諸制度が、複雑な相互作用を保ちつつ市場経済を制御している」。「逆システム学は、 人間や社会が本質的に抱える複雑さを解明し、現実に有効な治療法の開発や経済政策の樹立のために生まれた方法」である。
この非市場的なしくみは、セーフティーネットという概念で紹介されてきているが、「セーフティーネットがないと、 調節制御系がこわれて市場経済は機能が麻痺」する。つまり、市場は、 セーフティーネットによって支えられているために機能できているという考え方である。このセーフティーネットは、生命科学においても、 市場経済においても現在複雑に張り巡らされ、むしろ、進化した生命や成熟した社会は、 このセーフティーネットのしくみが大半をしめていると言及している。

生命科学における解析方法
「遺伝子全体の活性化の様子などを系統的に解析すると、どの制御系が働いているか比較的簡単に推測できるのである。このように調節制御と、 その重なりを解析していく実験手法を逆システム学という。いわば観察可能な複雑な対象に、モデルやシュミレーションををするのではなく、 なんらかの介入をし、それを経時的に「いつ」、場所特定的に「どこで」に注目しながら観察していくのである。そこから、 実際に重要な役割をはたしている制御系を明らかにしてゆく。全体はわからないかもしれないが、 どのような治療法が有効かの予測の制度を大きく上げている。」

2.地元学による地域共同体への介入と逆システム学による解析方法の比較
上記の生命科学における解析方法は、私が、各地の地域共同体で、地元学を企画し(地域への介入)、実施中、及び、実施後に、いつ、どこで、 誰が、どのような行動や発言を行うのか、その反応はどの方向を向き、何を求めているのか、または、 何を阻止しようとしている発言や行動なのかを観察してきたこれまでの手法と酷似している。実際、 地元学によるたび重なる地域共同体への介入により、地域共同体及びその周囲を取り囲むさまざまな人的、物的環境要素から、「反応の束」 としての、「「制御のしくみ」が明らかになり、地域共同体の症状を確認することができる。どこの誰が制御系として機能し、または、 どの集団が、センサーの役割を果たし、誰が、またはどのような集団が、制御系として機能するのか。どのような背景で制御が働くのか、また、 その制御系の反応の束は、どのような形で現れるのか。地域共同体ごとに異なる反応の束は、一見複雑に見えても、地域づくりの仕掛けを 「地域への介入」と見立て、その後のフォローを「観察」と見立てる基本的な態度から、その特徴を把握できる点が、地域共同体における 「逆システム学」と考えた所以である。

 
図4 地元学

3.生命科学における調節制御のしくみ

「調節制御の基本的なしくみは、信号をとらえるセンサー(感知器)と、信号を伝える伝達系と、遺伝子を動かす制御系(制御蛋白) からなっている。この調節制御による多重フィードバックは、階層的構造をとる。それは市場経済でも変わらない。 フィードバックが破綻するのは、このセンサー、伝達系、制御系のいずれかの働きが適切でないことによる。そして、 セーフティーネットを必要とするもっとも弱いところから、フィードバックがこわれていく。」
「多重フィードバックは、すべての動物における制御の基本なのである。」
「薬でもっとも効果的に人間に作用するのは、実は人間の受容体、センサー蛋白に結合して、調節系を動かすものであることがわかってきた。」
「細胞は、他の細胞と接触したりホルモンを受けて安定化しているのである」
このように生物は、信号をとらえ、信号を伝え、調節制御が働くことで、生命体の維持ができてきた。このしくみは、 市場経済と市場外経済を支えるセーフティーネットのしくみとして、紹介されている。この3つの働きがこわれてしまっている事例として、 以下の3つが紹介されている。

4.フィードバックがこわれている事例1

欧米では、数年で処理が終わっている不良債権処理に関して、10年たっても処理の終わらない原因は、センサー(公民会計士、 銀行経営者、金融庁のモニター)、伝達系(政治家、金融庁)、制御系(議会、政府)のそれぞれが、機能していないことを指摘している。

フィードバックがこわれている事例2
年金制度を取り上げ、被保険者の保険料がこげついているにも関わらず情報のセンサであるべき政治家や官僚たちが情報を隠し、 責任を回避するために、議会も政府も機能がこわれてしまっているからだと指摘している。

フィードバックがこわれている事例3
「フィードバックがこわれている第三の事例は、公共事業政策だ。・・・大規模公共事業は、 維持費と借入金ばかりを残して地方財政をも悪化させている。・・・今や、中山間地の集落崩壊に始まって、 シャッター商店街や大都市の超高層ビルに建設に見られるように、町や村自体が崩壊を始めている。・・・こうした状況を克服するためには、 ここでも多重なフィードバックを再生させてやらなければならない。・・・それが地方分権化である。権限と税財源を地方に移譲し、 伝達系を短縮して住民の一番近いところでセンサーと制御系を機能させ、政治的な回路を通じたフィードバックを回復してやるのだ。 それによって、住民ニーズに合った小さな公共事業を実施し、空洞化が進む町や村を環境・福祉融合型のまちづくりで再建するのである。・・・ 新たに地域経済の自立的循環というフィードバック・ループを作ることを意味する。」

「地元学による地域共同体への介入との比較」の項目でも示したが、このセンサー、伝達、制御のしくみを、 地域共同体の中に適用してみると、さまざまな事象が、多重フィードバックであることがわかった。本稿では、この多重フィードバックの再生と、 再生した集落での環境政策等の導入方法を、次章で考察する。

 図5 利己的な遺伝子

図 12 利己的な遺伝子と反応の束

2006年02月04日 [レポート]

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