シナイモツゴの郷 ブラックバスの退治方法と希少種の保護増殖活動

溜池のブラックバス駆除方法とシナイモツゴ、ゼニタナゴの保護増殖方法を見に、宮城県を訪れました。シナイモツゴは、 かつて関東以北に広く分布していた種ですが、これより一回り大きいモツゴが琵琶湖等から、釣り堀用のヘラブナに混入して、関東以北に広がり、 モツゴの生息範囲の拡大によって、シナイモツゴは絶滅したと言われた種です。このシナイモツゴが、宮城県で見つかり、その保護増殖のため、 溜池のブラックバス駆除とシナイモツゴの里親制度等が行われています。

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モツゴとの違いは、産卵期になると目の上方が斜めに色が変わります。
小型のうちは、横縞がありますが、成長すると、横縞がなくなります。


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保全活動を行うシナイモツゴの郷の会では、 溜池のブラックバス駆除や、希少種の保護増殖のために、さまざまな試みが行われています。例えば、シナイモツゴの保護増殖のポイントは、 溜池の中で浮くプラスチック製の鉢への産卵誘導と、産卵後約1週間後の卵付きの鉢の移動でした。 (卵が熟し目が出た直後が生態的に強いそうです)

ゼニタナゴをはじめとする貝に卵を産む種類の魚の増殖は、貝に卵を産んだ後は、低温であること、つまり寒くなった後に、 カラス貝などの貝を移動させることでした。(水温が高いと貝が、卵をはき出すそうです)

同会での希少種の生息域の拡大範囲は、水系と種の移動を考え、近隣の溜池等に限定しています。この点も、示唆に富んだ配慮があります。 また、ブラックバスの捕獲方法等、さまざまな記事が紹介されていますので、是非、同会HPの各年度報告(シナイ通信)をご覧下さい。

シナイモツゴ、ゼニタナゴ、ヒシの保護増殖やブラックバス等の捕獲方法などは、同会中核メンバーが、 宮城県水産試験場等に勤務する専門家であるために、さまざまな技術が構築されています。

この郷の周辺には、希少種に劣らぬ棒杭の郷がありました。現地視察をした溜池の下流に、 10ヘクタールの棒杭の郷が広がっていたのです。現地視察に向かう車窓に、棒杭にかかる稲を見つけてから現地に着くまでの間、 見渡す限り稲が棒杭に干されていました。このようなまとまった天日干しは、棒杭ではなく、横棒に干す方式では、 長野県の佐久平で見たことがありますが、谷津田一面での棒杭ははじめてでした。

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しかしながら、この営みと景観も、平成19年度よりはじまる、ほ場整備で、 今年が最後になるかもしれいないというお話を農家の方からお聞きしました。この郷では、まさに、環境との調和や、 お米の天日干しによる付加価値へのこだわり、農家の作業負担を軽減させる都市住民との交流、希少種の保全と基盤整備との調整等々、 ほじょう整備の開始までの間の時間のない中で、検討しなければならないこと、検討しなければ、この郷の景観は、取り戻しがたくなること、 など、課題は山積みでした。

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足下を見直し、交流を促進させ、智恵をしぼり、農業と田園自然の保全との調和が保たれるかが、試されています。


 

[2006年10月23日 ]

豪雪の爪痕残る長野県飯山市黒岩山のカタクリとギフチョウ

5月20日 例年であれば、雪がとけている山頂や尾根にまだ雪が厚くつもっている。
1月から2月にかけて、自衛隊も出動した豪雪地帯だ。
「今年の雪は、毎日毎日つもり続き、雪は次第にしまり、圧雪し、一枚岩のような雪だった」地元顔戸地区の人々は口を揃えて言う。 屋根につもった雪の端を砕くと、つっかえ棒をはずした貨車のようなもの、屋根から岩のような雪の塊が、襲いかかり、 挟まり圧迫されて一瞬で命を落とす。
今年の雪下ろしは、雪の性質を知らずに下から砕いたために、大きな事故が絶えなかったという。
雪の厚みは4m。今年は、表層雪崩ではなく、全層雪崩だった。

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杉や松の幹は折れ、体育館の屋根は落ち、家は崩れ、軽トラックはつぶれた。
自然の力の大きさを思い知らされた冬だった。

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標高1000m近くのブナの森。雪の表面には、ブナの実が落ちていた。雪解けと共に、雪の中から姿を現し始めた冷蔵品だ。ブナの根元、 雪の下には、雪解け水が、ごうごうと流れている。この流れの上を歩いてもまだ雪は硬くしまっている。外気温20度。 まだ残されている豪雪の面影である。

一面のカタクリの群落。雪解けを待ち一斉に花を咲かせている。雪解けを待ちきれないカタクリは、一本の葉を、 雪に突き刺すように葉をだしていた。なかなか訪れない春を待ちわびているのだろう。
このカタクリに、ギフチョウは、密を吸いに来る。1週間程度しか成虫で過ごさないギフチョウは、産卵や体力維持のために、 ギフチョウと同時に咲き誇るカタクリに集まり、花密を吸い、ウスバサイシンの葉に卵を産みつける。

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2002年、文化庁は、黒岩山の自然調査を行い、保全のためのビジョンを作成した。スキー場の閉鎖によって、 下草刈り等の管理作業が行われなくなることで、草地は、ススキ原や藪化し、カタクリが生えなくなる。
この指摘の通り、5年を過ぎた今、ススキや低木が広がり、その部分のカタクリは減少している。

一方で、当時の資料に記載されていないカ所、スキー場上から山頂付近まで、カタクリの群落が至る所で見られる。地元保全団体が、 下草刈りを行ったカ所は、一面のカタクリの群落となり、下草を刈らないカ所にも、無数のカタクリが点在地していた。今回、 散策した6キロメートルの間の林床には、見つけられない場所がないほどカタクリがあった。豪雪や豪雨との関係は不明だが、次回訪れた際には、 この点の確認を行いたいと思っている。

ギフチョウの産卵するウスバサイシン。1980年代にギフチョウが減少した際に、保護活動を始めた地元の寺の住職は、 このウスバサイシンの増殖を始めた。株分けと種からの栽培を行い、毎年、山に植えている。幾度もの失敗の後、現在は、林のなかに、 ウスバサイシンの増殖地を形成し、継続的なモニタリング活動を行っている。このウスバスイシンのモニタリングカ所で、私達も、 ギフチョウを観察することができた。

山の中で6頭のギフチョウ。そして、住職の寺で増殖しているウスバサイシンの畑で、1頭のギフチョウを見ることができた。 合計7頭である。寺は里にあり、ギフチョウは、家々の間を舞っていった。
生息環境とは、幼虫のエサであるウスバサイシンがあること、成虫がとべる開けた空間があること、そして、カタクリ等の花密があれば、 里の暮らしの中に下りてくることができることに改めて感動した。
クマが里にでてくるよりも、ギフチョウが、国道添いを飛んでいる方が、不思議ではないのかもしれない。

黒岩山の特徴は、日本海側の自然風土と太平洋側の自然風土が混在することにある。 近辺にあるスキーで有名な斑尾や野沢温泉の山々にはない独特の風土だ。
地元の方が、正月に、塩鮭を食べるか、ブリを食べるかといった話題が引用された。私の妻の実家である隣町の中野市や野沢温泉村では塩鮭だが、 飯山市黒岩山山麓は、この入り交じった場所のようだ。
ギフチョウとヒメギフチョウの両方が生息する日本でも希少な環境である。
関西と関東、日本海と太平洋の気候が混在する場所という方がわかりやすいかもしれないが、それほど、黒岩山の自然は、 変化に富んでいることになる。

文化庁の報告書を、帰路の列車で見ていた際に、気になる一文があった。
文化遺産黒岩山の保全は、ギフチョウやヒメギフチョウ、カタクリやミズバショウの生息地といった側面から、山ばかりを見ていたのでは、 保全できない。

今回は、妻の実家の近くで行われているこの取り組みを見に行ったが、自然保護や文化遺産の保護活動が難しいのは、 野生生物や文化遺産に関心をもつ人が、その関心を、汗をかいて保全するという行動に転換できるか否かである。もし、その関心が、いるから、 あるから見たいのであって、保全してまで見たくない、保全しなくても、周囲にはいるから、多少へってもしかたない、という段階では、 保全の実作業へと転換することは困難である。カタクリの花が、ひと束、100円で道の駅で売られているらしい。飯山では、カタクリは、 林を開いた場所や農家の裏山にあるこれといって、希少性のあるものではないようだ。お浸しにすると美味しい。だが、おいしいなら、 もっと高くて良さそうなものだ。この100円は何を意味するのか私にはまだ分からない。

飯山市黒岩山の山麓は、信濃平とよばれている。スキー場が4年前に閉鎖された後も、スキー場で栄えていた民宿の内、 20軒弱が経営している。小学校や中学校の体験学習の受入がメインの仕事である。
体験学習のメニューは、5月の田植に始まり、川遊び、海遊び、ホタルや草花の観察などなど、メニューは豊富だ。いずれも、20軒弱の民宿で、 民宿毎に10程度のこども達を受入、家族のような関係で、飯山の暮らしが体験できる。ここに1週間滞在した子どもたちは、 別れのつらさに泣いてしまう子どもが多いそうだ。飯山のこの自然は、こども達の心を真に開いているようだ。しかし、この体験学習は、決して、 拡大しているわけではない。

黒岩山の保全は、こうした民宿の体験メニューや日々の暮らしの中へ、黒岩山の資源の活用を盛り込むことができるか、また、 保全型のツーリズムの開発ができるかにかかっているかのような気がした。

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ムササビの「ももちゃん」と暮らす黒岩山の保全を続けている住職
豪雪で倒れた木を引出、自ら加工してイスを作る。
ギフチョウ、ウスバサイシンの保護増殖から里山の刈り払いまで自ら実践する住職。

 

 

 

 

 


 

[2006年05月21日 ]

ポルトガルへの旅 ユーラシア大陸で一番遠くて一番近い国

冬休みを利用して、日本に多大な影響を与えたポルトガルを見てきました。

日本から一番遠い、ユーラシア大陸の西端の国。しかし、地図を見ればすぐにわかることですが、日本と同緯度で、海に飛び出している国。 海洋国で、魚やタコを食べる文化の国。イワシの塩焼きや魚を開いて干す文化を持つ国。
欧州と言うよりも、アフリカ大陸に一番近い国。
460年前、大航海時代から始まる日本とポルトガルとの交流。
日本古来の文化と考えてきた、さまざまな文化を、一瞬うたがいたくなるほど、身近だった言葉が、ポルトガル語に由来することがわかりました。 ポルトガルは、日本から遠くて、とても近い国でした。

カステラ、カルメラ、コンペイトウ、ココア、パン、ピーマン、ボーロ、テンプラ
カッパ、ボタン、ショール、サラサ(更紗)、ジュバン(襦袢)、メリヤス、ラシャ(羅紗)
オルガン、カルタ、カンテラ、コップ、タバコ、チャルメラ、シャボン、ジョーロ、フラスコ、ブランコ、ベランダ
そして、おんぶ もポルトガルに由来する言葉です。

日本の中のポルトガル探しができるように、ポルトガルの中の日本をしたところ、扇子が見つかりました。
世界遺産登録されている歴史的な修道院や教会で、展示、販売されていました。ポルトガルをもっと調べると、きっと、 たくさんの日本が見つかるのではないかと思いました。

欧州と日本を比較するとき、普通は、英国とドイツと日本を比較します。しかしながら、地形や風土の類似性を考えると、むしろ、 ポルトガルとの比較の方に興味を覚えます。何故だろう? それが、この旅の始まりでした。そして、 日本はが失っている何かが見つかればいいと思い、ポルトガルの今を見つめに行きました。

「ここに地終わり、海はじまる」 欧州最西端のロタ岬には、この言葉が碑に刻まれています。ユーラシア大陸の地は、ここで終わり、 地球を半周して、ユーラシア大陸の東端、かつては、大陸の一部だった日本列島の東端、千葉県犬吠埼に、「ここに海終わり、地始まる」 という碑が立てられているそうです。

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大航海時代の航海士  ユーラシア大陸の最西端のロタ岬。海の始まりは、深く、神秘的な海でした。

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ポルトガルの街並み。かつての水道橋が残された街。冬のポルトガルは雨期。一日に数度、少量の雨が降る。雨と晴れの合間から、 その都度、太陽は、虹を描き出す。

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古い街並み。壁は煉瓦や石で建築され、屋根は、木を組み、日本と同じ瓦がはられていた。

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修道院の中の炊事場。外部の川から、暗渠を通り、厨房に入ってくる。この水の流れの中に入ってきた魚は、ここに入り逃げ場を失う。
厨房の煙突は、このサイズの大きさで、数十メートル修道院の天井を突き抜けている。

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海辺の世界遺産の街。屋根は全て、煉瓦色をしている。

 

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トラクターの後を追う鳥たち。トラクターの後は、エサが見つけやすいのだろう。
小さな空間で区切られた日本のふるさとのような土地利用。

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国土は、日本の違い、100%活用されているようだ。荒れた林がなく、完全なローテーションが組まれ、林の管理が行われている。 写真は、成長の早いユーカリが、植えられている地域も多い。

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日本と違い、非常に大きな緯度。たくさんの井戸を見たがいずれもこの大型の円形の井戸だった。

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犬は放し飼い。気をつけて歩かないと犬の糞が固まって落ちている。スーパーでは、食用の犬の肉が、毛をそいだ状態で、 ターキーのように販売していた。アジアだけと思った食用の文化があることを始めていった。
イワシの塩焼料理とパンの料理。

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タコのおじや。日本のおじやに非常に似ている。スーパーでは、魚貝類がたくさん売られていた、なかでも、塩タラは、 どのスーパーでも販売されていた。

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ポルトガルの路面電車。

ポルトガルの詳しい情報は、こちらにおもしろいサイトがありました。良かったらのぞいて見てはいかがですか。
ポルトガルの情報が満載されているサイト

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

[2006年02月02日 ]

田園自然再生活動コンクール表彰式

農林水産省、農村環境整備センターでは、平成15年度より田園自然再生活動コンクールを行っています。
このコンクールの第3回目の表彰式が平成18年1月20日、東京代々木のオリンピックセンターで行われました。農林水産省、 農村環境整備センターの挨拶の後、審査委員長の進士先生より、審査経過の報告がありました。

 

農林水産大臣賞 トキの野生復帰連絡協議会(新潟県佐渡市)
農村振興局長賞 水土里ネット胆沢(いさわ)平野(岩手県水沢市、胆沢町、前沢町、金ヶ崎町)
自然環境局長賞 メダカ里親の会(栃木県宇都宮市)
朝日新聞社賞 角(つの)川里(かわさと)の自然環境学校(山形県戸沢村)
子どもと生きもの賞 NPO法人自然回復を試みる会ビオトープ孟子(もうこ)(和歌山県海南市)
パートナーシップ賞 日高村グラウンドワーク推進協議会(高知県日高村)
オーライ!ニッポン賞 グラウンドワーク西神楽(にしかぐら)(北海道旭川市)
ムラと自然の再生賞
(審査委員会特別賞)
柳谷(やなぎだに)自治公民館(鹿児島県串良(くしら)町)

 

受賞団体は、上記のでした。

農林水産大臣賞は、トキの野生復帰連絡協議会(高野毅会長)、自然環境局長賞は、メダカの里親の会 (宇都宮大学水谷正一先生)、朝日新聞社賞は、角川里の自然環境学校(斉藤久一理事長)と、 本年度は、お馴染みの団体が、3団体受賞しました。このコンクールの概要、審査委員、過去の受賞団体は、、田園自然再生活動コンクールをご覧下さい。

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進士五十八審査委員長(東京農業大学前学長)よりの審査経過の報告(左)
トキの野生復帰連絡協議会の受賞の様子(右)

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角川里の自然環境学校(斉藤久一会長)の受賞の様子(左)
受賞者、審査員の記念写真、審査委員の守山弘先生、水谷先生、竹田純一も写っています。

授賞式後、守山弘先生(東京農業大学)と浜本奈鼓先生(環境省中央環境審議会野生生物部会委員)より、三年間のコンクールをふりかえり、また、 今後このコンクールがどのような方向へ発展すべきかについてのお話をいただきました。
コンクールのふりかえりに関しては、
・自然と生物多様性の復元という観点からこのコンクールが始まり、初年度は、復元された自然とその効果が審査の主眼だったこと
・三年目を迎えた本審査会では、田園の存続、田園が元気であること、この元気さのしくみづくりと、 その成果にも審査の基準が広がったこと
が報告され、今回の受賞者も、自然と生物多様性の復元という視点から4団体が受賞し、 地域を元気にするしくみという視点から4団体が受賞していることが報告されました。

また、守山弘先生からは、特に、生物多様性に関して、非常に興味深い報告をいただきました。
ここでは、詳細な記述は避けますが、以下の図表は、お話いただいたコンセプトの一部です。

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かつての田園、里地里山は、地形に合わせ、谷の奥に溜池があり、水田が作られていました。しかし、現在は、生産性の低い水田は、 耕作されなくなり、溜池は、放置され、平地の水田も乾田化したことで、生物の移動が困難になりました。左図は、かつての生き物の移動状況で、 それぞれの谷津は、生き物にとっては、つながっているという図です。
右図は、現在の状況で、生物の生息環境は、移動距離の少ない生物にとっては、分断されています。田園自然再生では、 この連続性の復元が大切です。

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会場では、生物多様性を保全する活動が行われている全国のさまざまな生きものブランドの米が紹介されました。 トキの野生復帰連絡協議会(佐渡)からは、トキひかり、ホタル米、共生と循環の地域社会づくりの米が、展示されました。以下は、 展示された生きものブランド米です。

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このようなお米を全国各地へ、もっと、広げてゆきましょう。

 

 

 

 

[2006年01月27日 ]

秋田県二ツ井町で見つけたハコネサンショウウオ

ようやくハコネサンショウウオに出会えました。サンショウウオとの出会いは、オオサンショウウオがはじめで、その後、 アベサンショウウオ(福井県武生市)、クロサンショウウオ(佐渡島小佐渡東部)、トウホクサンショウウオ(山形県戸沢村)、 カスミサンショウウオ(韓国 YonYann郡)で、不思議と、近くにいるはずのハコネサンショウウオには、出会えていませんでした。

どうして、サンショウウオに会えるの? と聞かれるかもしれませんが、職業病ではなく、水辺が好きで好きでたまらないからですね。 もともと、川遊びや魚捕りばかりしていた少年ですから、釣りバカとか、他に趣味はないの?といわれてましたので、水辺をのぞき込んで、 手をいれるのは、やや危ないほど大好きです。

そこに、福井県よりアベサンショウウオの保護と地域づくりの依頼が、平成14年度に来たときは、少年の頃の「明日は学校休んで、 小川にゆこう!」という気分でした。仕事中、どうどうと、水辺に入って良いの!。これほどの喜びはありませんよね。

でも、調査中ですから、お静かにといっても、度を超した調査ではないの!?と、事務局員から問われると、何事も真剣さが重要。 中途半端な調査はいけないよ。などというのですが、なにぶん、やりすぎるタイプの性格ですから、理解してもらえたのか、 あきらめられているのか、やや、背後の不安も感じています。

どこへいっても、湧水があると、とりあえず、長靴に履き替えて、かがみ込んで、そっと、落ち葉を1枚、2枚とよせていくと、 ヨコエビがちょろちょろ移動しているのが見えたり、素早くニョロッと、サンショウウオを行き過ぎると、かくれんぼの「・・・、見つけた!」 という感じです。

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そっと、落ち葉で四方を囲んで、そのまま、落ち葉の上に移動してもらって、捕まえました。秋田県だから東北サンショウウオかな?  自分で調べるより、アベサンショウウオの先生の長谷川先生に聞いてしまおう、僕は見つけるの専門で行こうなどと、 訳のわからない言い訳をして、いつものように、サンショウウオ発見報告をすると、長谷川先生から早速、返事が返ってきました。

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> 長谷川先生  手足の爪の部分が黒いサンショウウオは、何サンショウウオですか。生息環境は、・・・・と詳細に報告。 すると、長谷川先生から、

秋田県二ツ井町のは、ハコネサンショウウオです。(やった!!!。ハコネだ!!これは、私喜び)
福井県は背から尾にかけて黄褐色の帯がありますが、他府県では黄褐色の帯がなく全身が黄色系統のまだらになっている個体も見つかっています。  さらに、まだらが模様が赤みを帯びている個体も生息しています(東北や、関東地方)。 ハコネの特徴は顔が四角で人間顔です。さらに、 流水性のため黒ツメがあり、流されないようになっています。

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[2005年11月03日 ]

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